ハローハロー神様

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 祖父があの日、どうしてわたしのベッドで横になっていたのかわからない。何かをわたしに伝えようとしていたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。その謎は、ずっとわたしの中でもやもやと残り続けていくのだろう。  そのことをあの人に伝えたら、こう言っていた。 〝──もしかしたら、謝りたかったかもしれないな、そのじいちゃんは〟  死を、祖父は予兆していたのだろうか。なんとなく、自分に迫る死が近いと悟り、せめてもの償いとしてわたしに言葉を残したかったんじゃないか。 〝──どうせわからないんだから、そう思ってた方がいいでしょ〟  あの人は、いつだってわたしの欲しい言葉をくれる。求めているものを、与えてくれようとする。  玄関の扉が開閉する音が聞こえた。急いで顔を洗えば、父がスーパーの袋にぎゅうぎゅうに食材を詰めて帰って来ていた。  仕事は、と聞いたら、早退した、と言った。  食べるか、と聞かれて、食べた、と答えた。  そうか、と父が言ったきり、沈黙が横たわった。父はわたしが泣いていたことに気付いたようで、でもなにも問いかけてはこなかった。  大きな背中がごそごそと冷蔵庫に食材をしまっていく。作業着が汚れている。冬なのに汗がこめかみから流れているのが見えた。 「ほんとうの子供じゃないのに、どうしてわたしを引き取ったの?」  父の手が止まった。なにを考えているのか読み取れない横顔。手にはちょうど、トマトが握られていた。 「引き取ろうと言ったのはじいさんだ」  意外な答えに言葉を失った。 「お前の行く先をいちばん心配してた」  でも、ずっと、忌々しくわたしを呪っていた目で見ていた。そう言ったら、父は首を右、左、とゆっくり動かした。 「どう接したらいいかわからなかったんだろ。ああ見えて、親戚のやつらにはずっと腹を立ててたからな」  そんなはずはない。同じを目をしていた。 「俺らは血のつながりはない。でも、縁はあった。だから、その縁をじいさんは切るべきじゃないって言ったんだよ」  そんなはずは──あの目は── 「じいさんは、お前のことを孫だと思ってたよ。きっと、最後までな」  母親の役割だけはさせるな。祖父は父にそう言い聞かせたらしい。  だからわたしを台所に立たせたがらなかった。母親がいないなから、わたしがするというのはおかしいと、祖父が言った。そう聞かされた。祖父との思い出は、父から聞かされたこのやり取りだけだった。
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