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肌寒い季節にも、桜色の花びらが木々を色どり始めていた。まだ薄っすらではあるが、これから一気に咲き誇る準備を着々と進めているように見える。
学生生活最後、紺色のセーラー服に身を包み卒業式に出席した。
ようやく、この場所から離れられる。ずっとずっと、離れたくて仕方がなかった場所から、ようやく。
卒業証書の入った筒を手にしては、もう片方の手でスマホを手にした。
もう癖のようになってしまった動作は、するするとメッセージアプリを開き、あの人との世界に繋げてくれる。
震える指先で、意を決して文字ではなく、コールボタンを押した。
「おい芹沢、お前は俺と離れ離れになって悲しくないのかよ」
遠くで彼が、人に囲まれているのが視界に入った。その彼が、ポケットからスマホを取り出し、そして一瞬目を見張っては、画面を耳に当てた。
「──もしもし」
画面越しで、彼の声と、それから彼の友人の声が混じって聞こえる。
その彼の視線がふわりと空中を彷徨い、そして、わたしの元でぴたりと止まる。
「やっとちゃんと話せる」
どうして、なんで、そんなめくるめく疑問で足が地面から根っこが生えたように動けない。
一度だけ、試したことがあった。芹沢くんだったらいいのにと、連絡をして、でも芹沢くんのスマホは反応しなかった。だからそうではないと思っていたのに。
「……前に、連絡したことあって」
声が掠れた。届いているのか不安になった。ん?と穏やかな音が聞こえた。
「でも、そのとき芹沢くんのスマホは鳴らなかったから……」
「俺のスマホ、電話しか連絡知らせてくれねえの。不便だろ」
不便。便利。文字だけでやり取りしていた言葉が妙に一致する。
あの人だ。わたしを支えてくれた、あの人。
「ごめん……その、わたしだって知ってた?」
「なんで謝んの。まあ、なんとなく?」
どうして、と聞いて、じいちゃんの命日、と返された。この町は狭い。だれが死んだか、すぐに知られてしまうような小さい町。そうか、わたしは、ずっと彼と繋がっていた。
「ずっと言おうと思ってたんだけど」
桜の葉がころころと転がっていく。その先に、彼がいる。あの人がいる。
「声、変なんかじゃないよ。だからいつでも電話してよ」
世界が色づいていく。鮮やかに美しく、光り輝いていく。新鮮な空気が、すうっと鼻を抜けていった。
「言ったでしょ、24時間営業のコンビニだって」
ここは海の底じゃない。息苦しい場所でもない。光が、どこまでも届く場所。そこに、わたしは引き上げてもらった。
神様、わたしを呪っていますか?
わたしのこと、憎いですか?
でも、ごめんなさい。わたしは、彼の呪いを信じたいです。
幸せに、笑っていられる呪いを、信じて生きていたいです。
「今度は文字じゃなくて、声で、たくさん話を聞かせてよ」
了
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