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だから、すこし、おどろいた。あの祖父が、わたしの部屋のベッドで横になっているなんて。
わたしを排除するように生活していたような人が、わたしの部屋にいて、身を横たわらせているのだ。
よくよく見れば目が開いていた。最初からかもしれないし、声をかけたからかもしれない。
細くなった体躯がのそりと起き上がる。白のタンクトップから伸びた腕は病的なまでに白い。かつてはこんがりと焼けた肌と大きな背中に怯えていたはずなのに、今の祖父からは恐れというものを抱けない。抱かないのではなく、抱けないという関係性を考えてみる。
ああ、わたしはきっと、見下している。
祖父を。血のつながらない家族を。
線のようになった体は沈黙を貫いていた。すっとわたしの横を通り過ぎていくその足は、ほとんど床から離れることなく、引きずるように動いている。
──歩くフケ
祖父のことを、わたしは内心そう呼んでいた。歩く度に白い粉が頭皮から舞い、まるで自分の片鱗を散らかすように床へと落としていく。そう呼ぶべきではないとわかっていても、浮かんでしまうそれをかき消すことはできない。
とても醜い人間なのだと自覚するからこそ、わたしはわたしを呪っていく。
わたしは神様から呪われている。
小さくなった棘は、ふとしたときに、ちくりと痛みを残す。忘れられない言葉というのはどこまでも厄介で、心を滅ぼしていくには十分な力を宿している。
嫌悪にも似た感情がぐるぐると渦巻いていた。
なぜわたしのベッドで寝たりなんかしていたのだろうか。そんな身体で。そんなフケだらけで。
布団一式を洗濯機に突っ込んだのはそれからすぐのことで、そして、祖父が命を引き取ったのも、それからすぐのことだった。
「じいさんに何か書いてやって」
父が言う。すっと差し出された指は、太くて爪が丸い。わたしの爪は長くて四角い。血が繋がっていたら、わたしの爪も丸かったのだろうかと考えて、やめた。
渡された色紙には、既に何人かのメッセージが書き残されていた。その横には名前も一緒になって残されており、その分だけ、嫌な過去が蹂躙していくように身体を這いずり回った。どれもわたしを汚れた目で見てくる親戚の人ばかりだ。
棺桶に入れるんだと父が言っていたが、正直、棺桶に入れてまで残したい言葉はなかった。
葬式の場で、わたしは親族席ではなく、一般席へと追いやられた。好んで出しゃばりたいわけではなかったが、こうした場面で家族ではないのだと突き刺されることに慣れようとした。
喪服姿の人間たちが、ちらりと視線を向ける。どの目も、かつて祖父が宿していた目に近く、逃げるように自分の手元の爪だけを見つめた。家族ではない証。
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