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~Side*Brother~
古今東西。神話、民話、伝承。おとぎ話に寝物語。
どんなところにも恋物語は必ずあって、そこには人の願いを、恋を叶える神様が出てくる。
「あー!もういやだ!どうしてこうも神頼みが多いのよ!」
僕の姉さんも、そんな恋の神様。
「恋愛って、本人たちの問題でしょう?どうして私ばっかりに頼るのよ!
毎日毎日、毎日毎日!もっとこう、他にお願いすることってあるじゃない!?」
ようやく昨日の分が終わったと思ったところに運ばれてきた新しい願いの数々に、姉さんが悲鳴を上げる。せっかくきれいになった机上があっという間に書類の束で山積みになっていく様には、いくら仕事といえどもさすがに同情してしまう。
「うっかり見逃しちゃってうまく縁結びされなくても、私のせいじゃないからね!こんなに持ってくる方がいけないんだからね!?」
願い主たちが聞いたら仰天するだろう台詞を次々と吐きながら、しかし真剣な眼差しで、陽の差す窓際の執務机へ向かい、紙の束に目を通しては次々に印を押し、時々書き込みを加えていく。
文句を言いながらもちゃんと真面目なところが、姉さんらしいとつくづく思う。
きっとこんな風に、どんな願いにもちゃんと向き合う神様だから、みんな想いを託してしまうのだと思う。
―まあ、文句は言うけれど。
僕は湯気の立つ茶器を部屋の中央にある背の低い卓子に広げた。
「はいはい。そんな盛大に文句を言わないでください。
薬湯を入れましたから、少し休んだらどうです?
休憩のあと、僕も一緒に片付けますから。ね?」
お茶を注ぐと、ふんわりと爽やかな加密列と甘酸っぱい木苺の香りが部屋いっぱいに広がった。
このお茶は何やら心を落ち着ける効果があるとかで、最近話題になっているらしいものを取り寄せてみたのだが、これはいかにも姉さんが好きそうだ。
「なぎぃ~。う~、私の味方は良く出来た弟だけよ~~。」
そう言って筆を置いた姉さんはよろよろと立ち上がると、お茶の用意を終えて長椅子に腰掛けた僕の隣へちょこんとおさまり、
「はぁ~~~。いやされるぅ~~~。」
僕に抱きついてくる。
「…あのねぇ、姉さん。」
いつものことだけれど。昔からずっと姉さんはこうだけれど。
―僕は抱き枕じゃないんだけどなぁ。
「いいじゃない、双子の姉弟なんだもの。
良く出来た弟のおかげで、いつも休憩にはおいしいお茶が出てくるし、今日も机の端ではきれいに生けられたお花が私を励ましてくれる!
整理整頓も完璧だし、仕事でも頼りになるし、さらにうちの弟は顔もいい!
最高だわ~。」
そう言うと懐いた猫のようにぐりぐりとじゃれてくる。
昔は同じくらいの背丈だったと思うのに、いつの間にか僕の方が高くなり、今は座っていたって姉さんの方が少し小さい。
願い主たち人間はあっという間にその生を終えてしまうけれど、僕たち神にとって時間は永遠で、僕らの昔が人にとっては一体どれほどの時間なのか想像も出来ない。
この胸に閊えたもやもやとする気持ちも、そういえば姉さんより背丈が高くなったあの頃からずっとあったような気がする。
あまりにもずっとそこにあるものだから、今となっては閊えがとれたら逆に落ち着かないのではないかとさえ思う。
「そういえば、生けられてるお花って、いつも蜜柑色の麝香撫子よね?
よく年中見つけてくるわね~。」
そう言って姉さんは僕の顔を見上げてくる。
伝わってほしい、なんて今更そんな都合のいいことは考えていない。
でも、どきっとした。
もう少しで触れてしまいそうなところにあるのは、ふわふわした伽羅色の髪、透けてしまいそうな白い肌、きらきらした翡翠色の瞳。
双子神なのに僕とは全然違う、僕よりよっぽど幼く見える彼女が、そっと微笑んでささやく。
「私、あの花好きよ。」
いつものことだけれど。昔からずっと彼女はこうだけれど。
だからこそなんだか今日は。
―むかつく。
いつもだったら「はいはい」なんて言って軽くあしらえるのに、今日はなんだか虫の居所が悪いみたいだ。こっちの気も知らないで毎度毎度、無防備全開。
―何だよ、その顔。反則だろ。
ちょっとくらい困らせてやりたくなってすっと彼女の腕を取ると、そのまま長椅子に押し倒す。
「僕のこと、誘ってんの?」
窓から差し込む柔らかな午後の日差しが、彼女の上に僕の影を作る。
「なぎ……?」
しまった。
彼女が僕を僕として見てくれるまで、この気持ちは絶対に気づかせる訳にはいかない。
「なにそれ!すごーい!めっちゃキュンとする!
え~弟もそんなことが言えるようになったのか~。え~、かわいい弟がお嫁に行っちゃったら、仕事手伝ってもらえないからおねーちゃんさみしい~。」
はしゃいで言葉を返す彼女はいつもの姉の顔をしていた。
「全く…。危機感ないなぁ。僕じゃなかったらどうするの。
くだらないこと言ってないで、早く仕事してくださーい。」
―ねぇ神様、お願い。早く僕のこと好きになってよ。
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