未来のぼくへ

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 パキッ。足元の枝を踏みしめる音がした。落ち葉は風に流れ、歩くたびに心地よい音を立てる。  日本人であるアルマが日本に来たのはこれが初めてだった。  大きく息を吸って肺いっぱいに秋の空気を溜めた。紅に染まった紅葉や黄金のイチョウはアメリカでは見ることができない。しかし、アルマには何故かとても懐かしく感じた。 「自然いっぱいで日本は綺麗なところだね」  傍で眼鏡を弄っていたモリーは「『旧日本』と呼びなさい。ここはかつては民家が立ち並んでいたようです」と返した。  生い茂る木々や草花ですっかり覆い隠されているが、よく見れば今にも崩れそうな廃屋がところどころにあった。そして、それはここだけではない。辺り一帯、いや日本中がほとんど同じような有様だった。  日本に人が住んでいたのは数十年前までの話だった。その間に日本は水没し、核の穴が開けられ、滅亡した。現在では『旧日本』と呼称されている。  そして、アルマは最後の日本の血を持つ少女だった。 「ここは旧日本のどのあたりなの?」  モリーはエアデバイスと呼ばれる拡張現実技術で、資料の空間と現実の空間、そして衛星を重ね合わせた。 「九州にある高千穂という地名です」 「タカチホ?」 「かつては延岡藩、もしくは宮崎県に所属していたようですね」 「ふうん。ずいぶんと南に来たもんだね」 「旧日本には足を踏み入れることができる場所がほぼありませんからね」  アルマは草を踏み分けて奥へ奥へと進んでいった。果てのない大地に立ち、天井知らずの青い空を見る。草の匂いが鼻をくすぐり、虫や鳥が囁きあう。すべてがアルマにとって初めてのことばかりだった。 「いたっ!」  アルマの黒い髪が木の枝に引っかかった。無理やり引っ張ろうとするが、中々解けない。 「モリー! たすけてぇー!」  情けない叫び声にモリーは「先に行くからそうなるんですよ」と渋々アルマの元へ来た。 「あなたも髪を短くすればいいんですよ。さっぱりして楽ですよ」 「いやだよ。ぼくはこの髪が好きなの。わっ、ありがとう! さすがモリー!」  モリーは軽く肩を竦めた。アルマの髪は何本かは枝に巻き付いて取れなかった。  自由になったアルマは早速モリーを置いてさらに奥へと向かった。 「迷子になっても知りませんよ!」というモリーの忠告はまるで耳に入らなかった。  あてもなく感覚だけで進んでいると、突然開けた土地に出た。  さきほどまでとは全く異なり、静かで穏やかな空気が流れている。背の高い杉のせいか、あまり陽が差さないようだが決して暗くはない。真上を見上げると、二本の柱で支えられた奇妙な形の門があった。藁のようなものでできた房が垂れ下がっている。  どうやらアルマはそれをくぐって来たようだった。  そしてその奇妙な門は十メートルほど先にもあった。 (これ、教科書で見たことがある。なんていう名前だったかな……?)  砂利道を通って、二つ目の門をくぐった。  その先には木材でできた建物があった。その手前には箱が置いてある。その箱の上部は梯子のようなものがはめ込んであった。さらに大きな鈴のついた綱がぶら下がっている。 「ああ、思い出した。これ、神社ってやつだ」  アルマは教科書の記憶を辿った。神社とは、旧日本の各地に存在していた神が住む場所だったと記憶している。  まさかこんな綺麗な状態で現存しているとは思わなかったアルマは、ポケットからおもちゃのコインを取り出した。それを賽銭箱に入れて、鈴緒と呼ばれる綱を引っ張った。ガラガラと渇いた大きな音が響いた。そして目を閉じて、胸の前で手を合わせた。 「手順とかよくわかんないけど、まあいっか。アーメン」  境内を探索しようと目を開けたところで、「おや、人間とは。久方ぶりじゃの」と耳元で声がした。  アルマは咄嗟に振り返るが、誰もいない。それどころか気配すらもなかった。 「なんじゃ、妾が見えるのか。そっちじゃのうて……、とろいの。こっちじゃ、こっち」  声のする方に首を向けると、八歳前後の小さな女の子が仁王立ちしていた。アルマと同じ黒い髪を結わえている。 「えっ、こんなところになんで人が……?」 「それはこっちの台詞じゃ。そち、名はなんだ」 「アルマ」 「あるまぁ? 変な名前じゃの」 「意外と気に入っているんだけど。そういう君は?」  女の子は仁王立ちのまま堂々と「わからん!」と胸を張って答えた。 「どうやってここに来たの?」 「来るも何もここは妾の住処じゃ」  アルマは首を傾げた。旧日本に人など住んでいるはずがない。アルマ以外に日本人がいたら大問題だ。本国に報告すれば、すぐ処分になるだろう。 「お父さんやお母さんはどこかにいるの?」 「妾は記憶が飛んでおるのじゃ。父君と母君のこともよく覚えておらん」 「えーと、じゃあ歳はいくつ?」 「そち、妾を童だと思うて小馬鹿にしておろう。妾は何千年と生きておるのじゃ。少しは敬意を払え」  アルマは頭を抱えた。まるで話にならない。 「妾は、かつては多くの日本人から敬われていたのじゃ。だが、ある日突然何もかも失ってしまった。記憶はなくなるわ、いろんなところにあった住処は消え去るわ、人間もいないわで踏んだり蹴ったりじゃ」 「何があったの?」 「わからん。ただ、唯一覚えているのは空から降って来たものが、地に大きな穴をあけたことじゃ。百年以上前に二つ落とされたことがあったが、その比ではない。それが、人間がいなくなるまでずっと落とされ続けたのじゃ。……ああ、思い出したくもない」  この女の子が本当にアルマよりも長生きしているなら、心当たりがあった。旧日本を滅ぼした直接の原因だ。  かつて多くの人類が住んでいたこの地球は度重なる大地震や疫病の大流行、温暖化やそれに伴う海面上昇などにより三分の一が滅亡してしまった。  当然のように国家の生き残りを賭けた戦が始まり、あらゆる国が対立し、核の雨が降り注いだ。そんな中、日本は敵国アメリカにあっという間に滅ぼされた。  アルマは女の子に世界に、そして旧日本に何があったのかを教えた。それを聞いた女の子は俯いて、「そうか」と呟いた。 「そちはもう帰れ。妾はもうじき消える。ほんの一瞬だったが礼を言う」 「消える?」 「死を迎えるということじゃ。まあ、生物の死とはちと違うがの」 「そんなこと言わないでよ」  軽く手を振ってどこかへ行こうとする女の子をアルマは思わず引き留めた。そんなことしたところで、アルマにどうすることもできないことはわかっていた。だが、たった一人の小さい子供をアルマに放っておくことはできなかった。  女の子は、アルマの顔を見てから視線を逸らした。 「無理じゃ。そちは何も気付いておらんと思うが、妾は神じゃ。土地神とは違って、信仰がなければ存在する意義がないのじゃ。そして信仰がなければ神としての力もない」 「ぼくは神は一人しかいないって教わったよ。君が神なら神様は二人になっちゃう」  女の子はアルマの手を払った。 「うるさいの。どうせ妾は消えるのじゃ。はよ帰れ」  アルマには神というのもがよくわからない。アメリカの施設では神はイエス・キリストただ一人だと教わった。教科書で旧日本の文化を勉強したときに、神が一人ではないということを知った。そのため、神についてモリーに尋ねたとき、「神は死んだ」と冷たくあしらわれたことがある。  それ以来、アルマには神というものの存在がよくわからなくなった。 「じゃあさ、もしぼくが君のことを信仰したら消えなくて済むの?」 「それは……、そうじゃな。力が戻るかどうかはわからんが消えることはないじゃろうな」 「じゃあ信仰する」  女の子はニヤリと笑った。 「信仰というものはそんな簡単なものではないぞ」 「具体的にはどうすればいいの?」 「そうじゃのぉ……、まずは妾に名前が欲しい。信仰たるもの、まずは名前からじゃ」 「んー…クララとか、セシリアとか……?」 「なぜそうなる」  アルマは首を捻りに捻って、唸りに唸った。 「ヒメ……ヒメはどう? 旧日本ではPrincessのことをヒメって呼んでいたらしいし。Goddessよりは可愛くない?」 「ヒメ。よい。気に入った。褒めて遣わす」  名前を貰った女の子――ヒメは満足げに頬を緩ませた。 「そちのおかげで力がほんの少し戻ったようじゃ」 「どんなことができるの」 「まあ、見ておれ」  ヒメは、複雑に両手の指を絡ませると、ぶつぶつと何かを唱えた。金色に目が光り、ヒメを中心につむじ風が巻き起こる。 「これだけか。アルマ、もっと妾を信仰するがよい」 「……次は何をすれば?」  ヒメは目を閉じた。 「うーん。供物を用意して、妾に感謝することじゃな」 「会ったばかりだし、ぼくには感謝することが何もないよ?」  アルマはばっさりと言い切った。 「それもそうじゃが……。では、何かお願いとかないのか?」 「お願い……も特にないかな?」 「けっ、つまらんやつじゃのぉ」  ヒメは小石を蹴った。賽銭箱にクリーンヒットした。 「そんなこと言われても、ぼくだってあとは処分待つだけの人間だし」 「処分?」  アルマはこくんと頷いた。  世界中を滅ぼしたアメリカは、『民族保存』と謳って各民族の番を残した。その番が子供を産めば、番は用済みとして処分される。子供は成長、自民族の歴史を編纂したあと、処分されるのだ。 「……そちの人生中々重いの。死にたくないとは思わないのか?」  さきほど力を使ったせいか疲れた様子のヒメはしゃがみながら、地面に枝で絵を描いていた。時々眠そうにあくびをする。 「まあ、ときどきはね。でも、ぼくのDNA情報は保存されるから大丈夫だよ」 「でぃー……?」 「クローンって言って、ぼくと同じ人間をつくることができるんだ。お父さんとお母さんのもあるよ。だから、死んでも民族情報は保存されるの」  アルマはあっけらかんとして答えた。 「じゃが、それはそちとは違う人間じゃろ。同じ入れ物だとしても魂はそちではない」 「それでも、ぼくの役目は変わらないよ」 「そういうことじゃないじゃろ!」  ヒメは突然立ち上がると、アルマに怒鳴った。枝を乱暴に投げ捨てた。 「そちの役目なんか妾にはわからん。じゃが、せめて人間としての尊厳を守れ!」 「ど、どうしたの急に……?」 「妾はそちみたいな阿呆が嫌いじゃ!」  ヒメの苛立ちが伝播するようにアルマも声を荒げた。 「そんなのぼくに言わないでよ! 日本が負けちゃったんだから仕方ないじゃん」 「そちの生き方は家畜と何も変わらんぞ。いいのかそれで」 「いいもなにも、生まれたときから決まってるんだから、今更ぼくに何もできるわけないだろ」  アルマは立ち上がると、鳥居の方へ向かった。 「おい待て。どこへ行くのじゃ」 「もう戻る。モリーが待ってるし」  ヒメはアルマの背中に向かって「そうか。じゃあの。せめて心くらいは自由でおれよ」と投げかけた。  アルマは振り向くことなく、鳥居を出た。神社の中の洗練された空間とは異なり、乾燥した空気が流れる。 (意味がわかんない。ぼくはぼくの仕事をこなしているだけなのに……!)  感覚だけで、草木を抜けると、モリーの小さい頭が見えた。 「おーい! モリー!」  モリーはハッとして振り返ると、鬼のような形相でアルマにずかずかと歩み寄った。 「どこに行ってたんですか! あなたがいなくなったら、私の責任なんですからね!」 「心配かけてごめんなさい」 「いえ、あなたの心配はしていません」 「相変わらず冷たいなぁ」  モリーはエアデバイスを使うと、周辺の建物を検索した。 「もうすぐ陽が暮れますから、泊まれる場所を探しましょう」 「ああ、それなら……」  ヒメのいる神社のことを言おうとして、アルマは口を噤んだ。ヒメのことは好きではないけれど、あそこを知られるのはなんとなく勿体ない気がしたのだ。 「いや、なんでもないや。あっちは住宅街があったんでしょ? とりあえず行ってみようよ」  二人は神社とは反対方向に歩き始めた。 (さっきのヒメの言葉、なんだかイヤだな。ぼくだって好きで家畜みたいなことしてるわけじゃないし。心くらいはって、心まで家畜のつもりはないのに)  モリーはアルマの顔をちらりと見て、視線を前に戻した。 「なにかあったんですか?」 「ううん、べつに。……ねえ、人間の尊厳ってなに?」  モリーは驚いた様子で「あなたがそんな小難しいことを言うなんて、熱でもあるんですか?」とおどけてみせた。 「人間の尊厳というのは、人が人として生きられるあたりまえの権利や、存在自体が価値のあるものとして扱われるということです。また自分の意思で選択し、行動できる自由があることも尊厳のひとつですね」  モリーはあたりまえの、辞書のようなことしか言わない。モリーの言うことはアルマにとってはいつも正解だった。ヒメの言葉がなければ、絶対だった。 「ぼくにその『尊厳』はあるの?」 「あなたには大和民族としての存在価値がある。それだけです」 「それ以外はないの?」 「そうです」  モリーはさも当然というように答えた。まるで取るに足らない質問とばかりにアルマの方に顔を向けすらしなかった。  アルマの頭は糸が絡まるように困惑し始めた。今まで疑問に思っていなかったことがすべて引っかかる。記憶が、思考が「疑え」と言わんばかりに、フラッシュバックする。  大和民族としての存在価値があるのならば、何故父と母は処分されたのか。日本人なのに何故アメリカの名前を名乗っているのか。何故生まれてから今日まで一度も施設の外に出ることができなかったのか。自民族の歴史を編纂という割に何故アメリカの都合のいいことばかりの内容なのか。そして、何故自分は処分されなければならないのか。  疑問が溢れるたびに、新しい疑問を生み出す。目の前がチカチカとして、頭が痛くなった。  ヒメの「せめて心くらいは自由でおれよ」という言葉がぐわんぐわんと耳にこびりついて離れない。  自分があたりまえにそう思っていたことは全部家畜と変わらない。心までもだ。なにひとつ自由ではなかった。生まれてから死ぬまで、アメリカのいいなりで、それが当然だとそう信じて疑わなかった。 「じゃあ、ぼくの生まれた意義っていったいなんなの……?」  モリーがギロリとアルマを睨んだ。 「さっきからしつこい。いいですか、あなたには人間の尊厳も、自由もありません。私たちアメリカのために尽くして死ぬ。それだけです」  目の前が真っ白になった。ぶつぶつと思っていることが、声になって漏れ出る。 「いやだ。そんなのいやだよ。ぼくは日本人として生きたい。生き方くらい自分で考えたい。まだまだやりたいことだって本当はたくさんある」 「あなたにその権利はありません」 「なんで!? ぼくだって人間だよ!?」 「あなたは負けた国の人間だからです。この世界では、勝利したものが正義になるのです」  アルマはへたりと地面に座り込んだ。呆然として身体が動かない。  歴史はいつだって勝利した側の観点から語られる。アルマにだってそんなのわかりきっていたことだ。結局は力の大きさが世界を支配する。アルマのような少数派の声はこの世界では届かない。 「神様、お願い。ぼくを自由にして」  思わず言葉が口から零れた。うなだれるアルマをモリーは冷ややかな目で見下ろした。 「神なんかいませんよ」  モリーは懐から拳銃を抜いた。そして銃身をアルマに向けた。 「私にはあなたを処分する権利があります。これ以上意味のないやりとりを繰り返すというのなら、ここであなたを処分します」 (ああ、ぼくこんなところで死んじゃうんだ……)  悲しいという気持ちはなかった。あるのはただ、後悔と未練だけだった。目を閉じて、観念したとき、つむじ風が巻き起こった。神社と同じ匂いがした。 「それ見たことか! こっちに来い、アルマ!」  金色の目をしたヒメが風と共に現れた。 「ヒメ……でも……」 「でもでもだっては何か行動を起こしてから言え、馬鹿者!」 「あなた、突然何なんですか!」  モリーはヒメに驚きつつも銃身はアルマからブレない。  ヒメはアルマの手を力強くつかんだ。 「そちの願い、妾が叶えてやる! だからそちは妾を信じろ!」 「……っうん!」  立ち上がったアルマの身体は驚くほど軽かった。アルマとその手を引くヒメは神社に向かって走り出した。 「とっ、止まりなさい!」  モリーは引き金を遠慮なく引いた。しかし、二人には当たらない。 「なんじゃあの女、物騒じゃな!」 「うわ、モリーが追ってくる。急ごう! ふふ、あははっ」 「頭でもぶつけたのか?」 「初めてこんなに走った! 初めて反抗してやった! ざまあみろっ!」 「まったく、おかしなやつじゃの」  ヒメもアルマと一緒になって笑った。  二人は神社に着くと、息を整えた。 「ここまで来れば安全だよね……?」  アルマがそう尋ねたとき、「待ちなさい!」と息を切らしたモリーがやって来た。 「そこのあなたは誰だか知りませんが、二人とももう生かしておけません」  照準をヒメに合わせ、引き金を引いた。鉛玉がヒメを貫こうと一直線に跳んでくる。  ヒメの瞳が再び金色に光った。鉛玉は急激に速度を失い、小さな足元にカランと落ちた。 「妾は神ぞ。殺そうとはいい度胸じゃ」  ヒメは右手を振ると、モリーの周りにつむじ風を起こした。 「アルマ、こっちじゃ!」  二人は境内を超えて、杉の木の間を通った。そして、崩れた岩の陰に回った。岩の中を確認したヒメはアルマを手招きした。 「ここなら大丈夫じゃろ」  湿気のせいなのか、岩壁は濡れていた。暗くて何も見えない。不安げなアルマの手をヒメは優しく握った。 「安心せい。この岩には妾の力が宿っている」  ヒメは手を動かして、岩の隙間を塞いだ。僅かな陽の光が漏れてくるだけで、外の様子を伺うことはできない。 「出てきなさい! ここにいるのはわかっています! 逃げられませんよ!」 「なんじゃあの執念……」  アルマは岩壁にぴとりと手を触れた。 「ぼくはアメリカに絶対戻らないよ。ぼくはこの地で生きていく。だからモリーは帰って」 「何もできないあなたが、どうやって生きると言うんですか。今ならまだ許します」 「ごめん、それはできない」 「これは命令です! 従いなさい」 「これ以上、ぼくからなにも奪うな! ぼくはぼくの尊厳を取り戻す!」  アルマは叫んだ。声が岩の内部にコダマとなって響く。モリーは何も言い返せなかった。 「だからお願い。ぼくのことはもう放っておいて」  パンパンパァン――! 銃声が三発鳴り響いた。 「あなたは、この銃で私に撃たれ、崖から落ちて死にました。だから遺体はありません。私は一人でアメリカに帰ります」 「モリー……」 「きっとアメリカではあなたのクローンがつくられます」  アルマは頷いた。 「私はこれからも祖国のために尽くします。いつかまた旧日本に来るときがくるかもしれない。そのとき、もしまだあなたが生きているなら、今度こそ必ず処分します」  もう一度頷いて「ありがとう」と呟いた。  モリーがこの場から去る気配がする。本当にアメリカに帰るのだろう。  数分経って、アルマはヒメを見つめた。 「あのね、ヒメ。ぼくのアルマって名前はアメリカ国民であるって証のために付けられたものなんだ。お母さんとお父さんがぼくにだけこっそり教えてくれた本当の名前はね、未来。ぼくが明るく生きられるようにって願いが込められた名前なの」  ヒメは微笑んだ。 「よい名じゃ。妾もそちのおかげで名前を思い出した」 「どんな名前?」 「天照大御神。太陽の神、そしてこの日本の神じゃ」 「そりゃすごいや」  未来は楽しそうに笑った。 「これから何をしようか。ずっとずっとこの先、ぼくはどうなっているのかな? 楽しみだなあ」  膝を抱えて壁に寄り掛かる未来の肩に、天照大御神はぴったりと寄り添って、嬉しそうに目を瞑った。
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