第一章 憂鬱の親指姫 ①

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第一章 憂鬱の親指姫 ①

危うく命を落とすところを優しい夫婦に拾われて親指姫は何不住なく暮らしていました。 夫婦は元々貴族の称号を持つ城に住むほどの身分でした。 しかし身をブルジョア一族にやつして街のはずれの大きな白い館に住んでいました。 「おまえがうちに来てからクローディアも若返った。ありがとう親指姫」 パパが優しく話しかけます。 朝焼けに咲く薔薇の蕾のような小さな頭をちょっと傾げて不思議そうな顔で訊きました。 「どうして?」あどけない赤い唇はまだあどけなく愛くるしい事この上なしです。 新しい母は、姫のドレスを作ることを生き甲斐にしました。 ピンクのサテンの生地を選び、手ずから裁断したり仮縫いをして、レースを縫い付け、複雑な薔薇の刺繍までほどこすのでした。 「さあ。御覧。あなたはこの色が一番似合うわ」 仕上げに金のリボンを腰に巻き後ろで結びました。共衣で髪に飾るリボンも。 ドレッサーの鏡に映る自分の姿に親指姫も喜びぴょんぴょん跳ねました。 ドレスが新調される毎に夫婦は友達沢山招いて館でお茶のパーティーをひらきます。 客人達は、口々に夢のような愛らしさの親指姫を「天使だ」「妖精だ」と褒めちぎりました。 姫にたいする賛辞はそのまま『両親』への賛辞となるのでした。 白いテーブルクロスの上のティーカップやミルク壺。お菓子の大皿の間を縫って歩きながら姫は甘く澄んだ声て歌ったり、時には角砂糖をお客様の元に抱えて運んであげたりしました。 三人の親子にとって、それはそれは幸せな日々が続きました。 でも。 たったひとつ姫には不満がありました。 それは夜になると大きなガラスの球の中に入れられるのです。 寝室です。 勿論、毎日新しい薔薇の花びらを敷き詰めふっくらとした小さな羽根布団や枕。クッションも設えてありました。 ガラスの天井は格子になって新鮮な空気は入って来る仕組みです。 「お休み。姫や」ママの掌に乗せられ、 ガラスの扉から中へと滑り込みました。 ガチャリ  ガラス球の扉に外から鍵がかけられます。 「どうして鍵をかけるの?」 「おまえが危険な目に遭わない様にさ」 「どんな危険?」 「この屋敷に来る前、散々酷い目に遭ったのを忘れたの?」 「はい。パパ、ママ。おやすみなさい」 ガラスのベッドは出窓に置かれました。 月の優しい光が注いでいました。 本当はとっても怖いことがありました。 「だってガマカエルのおじ様がやってくるんだわ。 見られるだけなのに怖いんだわ」 ガマガエルは、 白い格子の出窓のガラスを自慢の吸盤でぺたぺた登って来ては、 黄金の長い髪を枕の上に扇のように広げ、長い睫毛が反り返った親指姫の様子を飽きずに見ていました。 「かわいいなあ。かわいいなあ」
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