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第一章 親指姫の憂鬱 ④
薔薇の香りが狂おしいガラスの球の中で親指姫は
一晩中、玩具の人形になってガマガエルに弄ばれました。
しんと静まり返った夜が更けてゆきます。
犯される姫の痴態をじっと見ていた者がいました。
それも大勢。
月夜の灯が射す窓辺でしたから
ぬらりと光るガマガエルの尋常でない動きに
大きな蛾やキリギリス。
館の奥に住む透明な羽根の妖精たちまで。
それともう一人その様を最初から最後まで息を詰めてみていた者がいました。
親指姫のガラス球のある部屋の上の階には
何百という本がぎっしりの図書室がありました。
図書室には秘密の本棚がありました。
それは数冊の本をどけて取っ手を軽く押すだけで
ギギギと扉が開き『秘密の隠し部屋』へと通じるのです。
その部屋の床の羽目板を外すと下の階の親指姫の寝室である薔薇のガラス球がすっかり観察できるのでした。
ーーー許せないわ。
ギリギリと悔しさにレースのハンカチを噛んでいたのは
お城にずっと取り残されていた王女様でした。
この夏だけの約束で遠い城からこの館に呼び寄せたのでした。
「国王も后もあんな卑しい娘に夢中になって!実の娘はどうでもいいのよ。わたしくしなんか!この辺では『子供のいない不憫な夫婦』で通ってるっていうじゃないの」
冗談じゃなくてよ。
不憫なのは二十歳を過ぎても嫁にいけない自分だ。
王女は周囲の者達から『白雪姫』と呼ばれていました。
それはそれは白磁の美しい肌の稀に見る美貌でした。
また雪のように冷たい心を持っていました。
「姫様。もう、およしなさいませ」
「何よ。あなたに何が解るというの?
わたくしは、あんないやらしい娘に負けたのよ。マリー・アンヌ」
「だって。姫様のためですわ
……殿がお城を離れられここへ隠居したのも…」
「おだまり!!」キッと鬼の顔になって
触れられたくない秘密をこぼそうとする侍女を制しました。
その夜から毎晩、
白雪姫はじっと二階からガマガエルに嬲られる親指姫を観るのを止めませんでした。
親指姫の法悦とした表情をみつめていると
雪姫は段々自分もおかしな気分になってきました。
「ねえ。マリー・アンヌ。おまえはどう思う?
あの子とわたくし。どちらが綺麗かしら……
まあ!あの娘のあの顔。
あの子ったら脚を開いたわ!醜い。いやらしい。いやらしいわ」
ゴクリと唾を何度ものみました。
「あら。あら。
姫様もあの娘と同じ罪深い娘ですわ。マリー・アンヌがお仕置き致します」
侍女といっても、
女主人の姫より5つも年上のマリー・アンヌには
恋人も愛人もいました。
どうして姫が苛立っているか?
何もかもすっかりお見通しだったのです。
「さあ。こちらへ。お任せください。姫様の願いを叶えましょう。
同じようされたいだけですわ。女ですもの」
ずばり自分の胸の内を読み取られ驚いた白雪姫は、
呆然とした顔で
手首を掴まれ、
いざなわれるまま侍女の後をついてゆきました。
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