for you

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「ちょっといいか? 家原くん」 遊児は私の教師用机の前に立った。彼は新学期早々何かやらかしたかなと不安そうな顔を私に見せていた。 「何ですか? 先生」 「君の前の担任の先生から君のことを宜しくと言われたものでね。君、私立中学受験組だって?」 「親が行けっていうから」 「君のこれまでの成績見せてもらったけどトップキープしてるじゃないか」 遊児の成績は全成績オール5、それ以下の数値は存在しなかった。優秀な生徒である。 「親に塾放り込まれているだけなんで」 「これからの成績次第だけど、これまで通りいい成績維持し続けるなら私立行けるぞ」 「そうなんですか」 「そんなわけで、君の受験をサポートさせてもらうよ。他の私立組と一緒にね。まぁ、君たちは塾に行って必要な勉強はしてるから『邪魔しない』程度しか出来ないけどね。君等は塾にいるより学校にいる時間の方が長いだろ? 先生も私立中学受験の問題の解き方は分かるから何でも聞いてくれ」 遊児は怪訝な目をしながら私の顔を眺めた。「自分の生徒を私立受験合格させて自分の名誉を上げようって考えだろコノヤロー」みたいなことでも考えているのだろうか。 いやいや、純粋に応援したいと思っているんだよ。私はこれまでずっと練習してきた屈託のない笑顔を見せた。ホワイトニングをかけられて気持ち悪いぐらいに白い歯が露わになる。 「私は君等の希望を叶えて上げたいだけだよ。そうそう、このまま公立に行くよりは私立に行った方がいいと思うよ。この地域の公立は荒れていることで有名だ。私も最高学年を担当することもあって視察に行ったんだけどね…… ありゃ昭和の不良校だ」 この地域の小学生が進学する公立中学は正直なところ荒れ果てていた。ブロック塀は全面ストリートアートが描かれ一昔前のニューヨークの地下鉄を思わせる惨状。流石に金髪リーゼントに剃り込み、長ランと言った昭和の化石としか思えないヤンキーはいなかったが、美容院で整えたような金髪か茶髪にダボダボの服装で池袋や渋谷で(たむろ)してそうなカラーギャング、つまりは今風のヤンキーは腐るほどいるのであった。私が職員玄関の前に立った瞬間に火の点いたタバコが落ちてきた。今日日はタバコも高いのに…… 中学生の身空でよく吸えたものである。職員室に行き教師と少し話をしたのだが「あいつらはどうしようもないですから」と、半笑い気味に宣う。正直なところ、自分が預かった生徒を正しい道に導くと言う使命を放棄した時点で教師としては失格だと思う。 私は正直なところ「こんな学校」に自分の生徒を行かせたくないと考えてるぐらいだ。 しかし、この学区内に中学校はここしかない。仕方なく送り出すしかないのである。 「評判は知ってますけど…… こんなに荒れてたんですか…… 母からもあの近辺には寄るなって口酸っぱくして言われてるんで知らなかったです」 「まぁ、君ならそこに行かずに希望した私立に行けると思うよ。今回は君をサポートさせて貰うって旨を伝えたかっただけだ。もういいよ」 「あ、はい。分かりました」 「はい、さようなら。これから受験頑張るんだよ」
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