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私が学校に戻ると、校門前で遊児の母とすれ違った。息子本人は卒業式に来ていないのに礼服を着ているのは滑稽なものである。
顔もところどころ青痣が出来てますけど、荒れてるんですか? 息子さん。
青痣の化粧を見るだけで笑いが込み上げてくる。
「先生……」
「ああ、お久しぶりです」
お久しぶりと言うのは学校行事で会った後のお久しぶりと言う意味ではない。本当にお久しぶりと言う意味だ。
実は遊児の母と私は小学校の時の同級生だ。
恥ずかしい話だが、私は遊児の母…… 遊子にずっとイジメられてきた。イジメの切欠は分からないが、多分だが、私立組だった私へのイジリだろう。眼鏡をかけているだけでガリ勉扱いされることから始まり、取り巻きの男子を使っての殴る蹴る、教科書・参考書・ノートを全部焼却炉に捨てられ、教壇の上に乗せられ裸踊りをさせられたこともあったかなあ…… 全てが黒歴史だ。この地獄にも等しい日々を過ごしていたにも関わらずに私はよく私立中学に合格出来たものだ…… 逆境に負けなかったなんてサクセスストーリーに聞こえるかもしれないが、当事者からしたら「恨み」の日々でしかない。
私は自分のような子を救う立場になりたいと考えて教師の道を選んだ。そんな日々を過ごし、最高学年を担当する時になって見つけた「家原遊児」の名前。
家原遊子…… 私が八つ裂きにしても足りないぐらいに恨んでいるあの女と似た名前だ。
まさかと思い調べてみればまさかのビンゴ。あの家原遊子の息子が遊児だと言うことが分かった。苗字が変わってないのは離婚したかららしい。
遊児を私立の学校に入れようと考えたのは「公立は荒れている」と言う偏見かららしい。確かに正解だ、貴女みたいな女がいたぐらいだからね。それと、息子を私立に入れられるぐらいに旦那から慰謝料を貰ったかららしい。私もよくあの女にカツアゲされたものだ…… 性根は変わらない。
一学期の三者面談で対面した時、遊子は私のことには気がつかなかった。アレだけの壮絶苛烈なイジメをしていたくせに「覚えていない」ということだ。名前も教えているのに思い出さないのが余計にタチが悪い。そして彼女は宣った「うちの息子の私立受験の邪魔はしないでくださいね」と。
私の受験を無自覚とは言え「イジメ」と言う形で邪魔してきたのに、自分の息子の受験は邪魔されたくない。大人になってもメンタルは私をイジメていた頃と何も変わっていない。
「あの……」
「なんですかな?」
「うちの子は御守に何も入れてないって。あたし、先生を疑ったんです」
失礼な…… でも御守を渡したのは私だから当然である。
「そんな、とんでもない」
「それを息子に言ったら『先生がそんなことするはずがない!』って殴られたんです。あそこまで信頼されて羨ましいぐらいです……」
「そうですか……」
私はそれ以降、遊児にも遊子にも会っていない。半年後の新聞の三面記事に似たような名前の女が中学生の息子に殴り殺されたと載っていたのだが…… 知ったことではない。
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