第一部 乙女篤子/#01-01.そんな馬鹿な

1/5
前へ
/172ページ
次へ

第一部 乙女篤子/#01-01.そんな馬鹿な

「実はおれ、彼女出来たんだ」  突然の夫の告白に、眼前が白く染まる。――人間、本当に驚くと本当に声も出せないんだなと、このときのわたしは悟った。夫のお気に入りの高級ソファーに腹を下にして寝そべり、マッサージを受けていたはずのわたしは、夫を振り仰ぐと目で退くよう促し、ソファーから飛び降りる。 「色々とおかしいんだけど、……先ず」わたしは夫をきつく見据え、「彼女ってなに。誰。てか久々にマッサージするのとか、それカミングアウトするための餌……だったわけ? 信っじらんない!」  立ったままの夫は、「質問は一度にひとつにしてくれないか?」  はあ、とわたしはため息を吐いた。元々クレイジーなところのあるひとだと思ってはいたが、ここまでとは……。めでたく結婚生活が十年を超えた頃に、このカミングアウトですか。はいはい。ひとまずわたしはソファーに座り、……てかこのソファー本当座り心地いいな。革張りで給与三か月分を叩いただけのことはある。 「不倫がご法度とされるこのご時世において、不倫をしようと思った経緯について……お聞かせ願えれば」  すると夫は顔を歪め、 「原因はおまえが一番よく分かっているだろう」
/172ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1887人が本棚に入れています
本棚に追加