恋する貧乏神

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 しかし、こんな幸せな日々の中でも、マサトくんの心と体はだんだんとすり減っていった。  もはや人気作家であっても、幸せとは言えない状態だ。顔なんかやつれて真っ青だし、後ろに黒いモヤまでかかっちゃってるし。  まあ、こうなるのも無理はないかもしれない。執筆の依頼が増えれば増えるほど、彼の睡眠時間はどんどん短くなっている。  それに、この間はマネージャーにお金を持ち逃げされたし、出版社とは印税か著作権かよく分かんないけど、なんか金銭的なことでトラブってるし。  私も考えざるを得なかった。きっと、私の彼への思いが強すぎるのがいけないのだ。私の心の中の情熱を、彼一人に集中せずに何人かに分散させたらどうだろう…。  私は最高位のあのお方に、再び会いに行った。 「あの幸運の種をもう一粒いただけないでしょうか」 「ほう、それはなぜじゃ」 「私の愛情を全て受けるには、彼には荷が重過ぎます。だからもう一人、彼と同じように、己に降りかかる不幸が自身の肥やしになるような人に巡り会いたいんです。そうすれば、私が及ぼす不幸が二人の間で分散されると思うのです」 「ほう、なるほど」  最高位のお方は静かに微笑まれた。その微笑みが何を意味するのかが分からなくて、私は必死に訴えた。 「彼の他にも絶対にいるはずです。詩人とか画家とか漫画家とか俳優とかお笑い芸人とか政治家とか…、不幸な体験を自分の能力に変えて、それが自分のためにも、世の中の人のためにもなるような人間が…」  すると、最高位のお方は慈悲深い声でこうおっしゃられた。 「ふふ…。先に与えた一粒だけで十分なはずじゃ」 「え?」 「あれに人数的な制限はない。あとはそなた次第…」  そう言って、その方はその場から立ち去られた。 「ああ…、ありがとうございますっ!」  私はその方の後ろ姿に向かって、大きな声で叫んだ。目に涙が溢れてぼんやりとしか見えなかったが、一度だけ振り返ったお顔には、優しい笑みが浮かんでいたような気がする。  私はその場にひざまずいたまま、何度も何度もお礼を言った。
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