第一章 気付き

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「よっしゃ」  俺はいつもより張り切ってめかしこんでいた。今日はいつものカジュアルではなく、ジャケットに細身のパンツでスタイリッシュにキメる。  あとはヘアワックスをつけて髪をフワッとさせれば完了だ。 「あれ?」  おかしい。いつもなら軽くワックスをつければ問題なくキマるというのに。 「なんでだよ……」  なぜか前髪がぺたっとなってしまい、フワッとならない。 「くそっ!」  俺はイラつきながら再びワックスを手に塗り前髪をセットしようとした。  が、やはり前髪はぺたっとデコに張り付いてしまい、全く思い通りの感じにならない。 「やばいな、もう時間がねえ」  時計を見るとすでに約束の時間まであと10分しかない。ここから未央奈のアパートまでは20分程かかるというのに。 「なんで梅雨時でもないのに前髪が決まらないんだよ……」  俺は仕方なく前髪がぺたっとしたまま行くことにした。俺は多少クセ毛のため雨の日など湿気の多い時は髪がうねってしまうことがある。  だが今は10月で季節は秋、しかも晴天である。こんなに前髪がぺたっとするはず無いのだが…… 「スマホスマホと……」  ゴミだらけのテーブルからスマホを拾い上げた。 「もしもし、未央奈? わりい、ちょっと準備に手間取っちまってさ……」  俺は遅れる旨を未央奈に謝罪した。もちろん前髪が決まらないなどとくだらない理由は伝えない。 「うん分かった。気を付けて来てね」 「ああ、ありがとう」  そう言って俺は電話を切ると、急いで家を出た。  しかし未央奈は相変わらず優しいな。怒るどころか『気を付けて来てね』とは……本当に出来た女である。  丸3年間一緒にいてイラついたことと言えば、ミカンの皮の剥き方が下手くそだった時ぐらいだ。
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