手記10 日常

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 このままでは死んでしまうと恐怖に怯えていると、今度は篠原店長の姿が浮き出てきました。  後ろを向いて体を丸めていて、最初は誰だか分かりませんでした。私たちの存在に無関心のようでした。  なぜ私のところに集まってくるのでしょうか。私を恨んでいるのでしょうか。それとも、助けを求めているのでしょうか。私には理由が分かりませんでした。  時間が経つにつれ、私の舌が苦しさで飛び出てきました。 「ゲエエ……」  幽体への締め付けは肉体にも影響が及びます。  頭への血流が止まって数十秒。このままでは死んでしまうと必死にもがいていたところ、篠原店長が顔を上げてこちらを向きました。 「店長……さん……」  とても衝撃を受けました。  篠原店長は、透明感のある綺麗な人だったのです。目の前の彼女は、身の毛がよだつ恐ろしい姿でした。  真っ赤な目、こけた頬、どす黒い肌、乱れた髪。  鼻から口から耳から、膿んだような血が流れていました。根本たちと同じアカダルマになっていたのです。  篠原店長も頭から血を流しながら、「助けて、助けて」と泣いていました。  根本福士と堤恵奈に捕まっていた私は、それどころではありません。  助けて欲しいのはこっちだと思いました。  篠原店長は、苦痛に歪んだ顔で、「ウー、ウー」と、唸り声を上げながら、床の上でのたうちまわりました。 「どうして……、私が……、ウー、ウー、苦しい……、痛い……、誰か……助けて……」  こちらには一切興味を示していませんでした。  これでは私を助けてくれることはないでしょう。  それどころか、彼女まで私に襲い掛かってくるかもしれないと思いました。  三人から襲われては死が早まるだけです。  そのままこちらに関心を向けないで欲しいと願いました。  とうとう、岡島塁の霊までが現れました。  彼女は突っ立って、どこか一点を見つめていました。  何をしに現れたのか謎でしたが、私を仲間に引きずり込もうと集まってきたに違いないと思いました。  最後に尚美が現れました。  尚美も真っ赤な目をしたアカダルマです。 「尚美……、あなたまで……」  やっぱり私を許していなかったのです。  熱い涙が頬を流れました。 「ごめん……、尚美……」  限界が近づいた私の意識が遠くなり、全身の力が抜けていきました。 「もうだめ……」  もう無理だと思いました。  私もあちら側になるんだと諦めました。  尚美が鬼の形相となって飛び掛かってきました。  尚美に殺されるなら本望です。私は、死を覚悟しました。  ところが驚くことが起きたのです。  尚美は、根本福士の腕にしがみついて、私から引きはがそうとしたのです。  尚美の目的は、私を襲うことではなかったのでした。 「尚美? まさか、私を助けようとしているの?」 「グウウウ……」  尚美は私に構う余裕はなく、根本と力比べをしていました。  必死に全身の力を自分の両腕に込めていました。 「尚美……」  尚美に引っ張られて、根本の腕が私の首から少しずつ離れていきました。 「もう……少し……。もう……少し……」  尚美と協力して、私は根本の腕から逃れることに成功しました。  その勢いで足元の堤恵奈の体を蹴り払いました。  根本も堤恵奈も恨めしそうに私を見ました。 「オオオオ!」  おぞましい咆哮とともに、再び襲い掛かってきました。 「止めて!」  叫びましたが、頭を掴まれた私は、後ろ向きで引きずられてしまいました。  尚美が今度は堤恵奈を止めようと戦っていました。  尚美は、私を助けきてくれたのです。  感激した私は、涙が止まらなくなりました。
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