手記10 日常

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 プルルル……、プルルル……。  研究室の電話が鳴りました。 「ワッ」  今まで一度も鳴ったことがなく、存在すら忘れていた私は、飛び上がるほどビックリしました。  先生が出て、しばらく電話の向こうの誰かと話していました。 「ご連絡ありがとうございます」  電話を切った先生は、「根本さんの奥さんからだった。根本さんが亡くなったそうだ。頭から大量の血を流して、突然死んだらしい」と、青ざめて言いました。 「それじゃあ、さっきのは、やはり霊だったんですね……」  死んだときの姿そのものでやってきたのでしょう。 「それと、あの篠原店長も、頭から血を流して亡くなったそうだ。会社では、一度に三人が同じように変死したことで大騒ぎらしい」と、暗い顔で言いました。 「そんな!」  覚悟していたことですが、とてもショックでした。  あの時に、堤恵奈さんの呪いが移ってしまったのです。  私のところに姿を見せて嘆いたのは、誰でもいいから自分の苦痛を知って貰いたかったのでしょうか。  アカダルマの呪いからは、誰も逃れられない。残酷な証明がまた一つされたのです。  呪われた人に近づいた人は、呪いに巻き込まれてしまう。  善意から助けようとした人が不幸になってしまう。  なんて無情な呪いなのでしょう。 「先生、私、怖いです」 「大丈夫。呪いから逃れる方法を一緒に考えよう」 「先生……」  なんて頼れる人だろうと感激しました。  この人のために私は生きたいと心から思いました。  私は新たな悩みも抱えました。  いつか先生に、私の呪いが移ってしまうんじゃないかと恐れたのです。  最も怖いのは、自分が死ぬことではなく、先生が呪われてしまうことでした。  それも私のせいで。それが一番つらいことです。  先生を大切に思うのなら、離れるのが一番です。  だけど弱い私は、考えただけで涙が出てきてしまいます。それだけ愛しています。だけど、先生に死んでほしくないのです。 「私といると先生まで店長さんのようになってしまいます。私たち、離れた方がいいんじゃないでしょうか」と、仄めかしました。  先生は驚き動揺しました。動揺する先生を見たのは初めてです。ショックを受けてくれたことに私は嬉しくなりました。  怖くて口元が小刻みに震えている私を見て、本気ではないと見抜かれました。 「離れる必要はない。僕のことは心配しなくていい。君は自分のことだけを考えるんだ」  元気を失くした私の頭を、先生がポンポンと優しく触りました。先生の手の温かさが私の気持ちを落ち着かせてくれました。本当に素敵な人でした。 「私、霊に襲われてばかりです」 「君ばかり恐ろしい目に遭わせてしまって、なんだか申し訳ない」 「いいえ。先生のせいではありません。私が引き寄せてしまうんでしょう」 「霊を?」 「はい。霊はいろんな人たちの前に現れますが、ほとんどが認識されずに素通りします。たまに私のように見える人が現れると。苦しむ霊ほど助けてもらおうと縋り付くのです」 「損な体質だな」 「そうです。霊が見えても、良い事なんて何にもありません。霊を見ても無関心を装うことが大事なんですけど、さっきは根本さんだったから、思わず意識を向けてしまいました」  話しているうちに、落ち着きを取り戻しました。
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