手記11 四方盆村

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手記11 四方盆村

 私たちは、四方盆村へと電車とバスを乗り継いで向かいました。  とても山奥の乗り継ぎの悪い辺鄙な所にあり、最寄りのバス停から何時間も歩いていくつもの峠を越える必要がありました。  時間はたっぷりあったので、尚美の話を積極的にしました。  先生にとっては興味のない話だったでしょう。  だけど、私への同情だったのか、辛抱強く聞いてくださいました。 「地方から大学進学のために上京した私は、知り合いが一人もいなくて、入学式からしばらくの間、誰とも口を利きませんでした。周囲ではクラスの半数以上が内部進学組で、その人たちはすでにグループが出来ていて、外部進学の私に入り込む余地などありませんでした。誰かと群れるのは時間の無駄だとのポーズを無理やりつくって一人で講義を受けて、一人でお昼を食べて、次の講義まで時間があると図書室に籠って勉強する振りをして、一人で登下校していました。平気な顔を無理やりに作って演じていました。本音では誰かと話したい、友達が欲しい、お昼を一人で食べたくない。休講があったら誰かとお茶を飲みたいと切望していました。人間関係に渇いていたんです。大学の講義って、間に1時間とか2時間とか空きますよね。その時間が本当に嫌いでした。一人でいるのがつらかったからです」 「確かに、コマの取り方で間が空くし、休講になればその時間暇を持て余すよな。でも図書室で勉強していたのなら、有意義な時間になっているよ」 「そうですけど、やっぱり友達と喋りたかったんです。私の知らないこともグループ内で共有していて、突然の休講もみんな知っていて、私は大学に来てから知ることがほとんど。いつの間にか仲良し同士で旅行に行ったり、試験の範囲を知っていたり、ノートが回っていたり。私には、学生課が貼りだす情報以外、何にも回ってきませんでした。自分だけが知らなかったと後から知って臍を嚙むばかりでした」  私は、手元のジュースを一口飲みました。  今はやりのオレンジジュースは、甘さ控えめで、喉を潤すのに適していました。 「最初は私だって努力したんです。冗談を交えて明るく話しかけて。そうしたら、『あの子の付き合い方が分からない』って、陰口を聞いてしまったんです。仲良くしたいって言う想いは伝わらなかった。向こうにしてみれば、仲間内で楽しんでいる空気を壊す余計な人だったみたいです。ショックでした。もう誰にも話しかけるのを止めようと、ますます殻に閉じこもりました。そんな私に話しかけてくれたのが尚美だったんです」  今でも思い出す。彼女の爽やかな風のように手を差し伸べてくれたことを。  彼女が私を孤独から救い出してくれたのでした。 「尚美も一人だけ地方の高校から進学していて知り合いがいなくて、私と状況が同じでした。一つだけ違ったのは、とても男子にモテていたので、誰かしら声を掛けられていて、一人でいることがなかったんです。尚美は声を掛けられるのに、私には誰も掛けてくれなくて、羨ましいなあと思っていました。だけど彼女のことは嫌いじゃなかった。だって誰もが認める魅力があるんですから、当然だと思っていました。私も話してみたいと思っていたんです」 「相当、美人だったのかな」 「儚げな美女という言葉がピッタリ合う人でした。スタイルも抜群で魅力的した。声も可愛かった。誰からも一目置かれる存在でした。そんな彼女が私に声を掛けてくれたんです。次の選択は何?って。凄く自然に」  私は、クラスメイトに話しかけるために一生懸命話題を考えて、肩に力が入っていたんです。  そんなに構えたら、相手だって構えてしまいます。  それが間違いだったと尚美に教えられました。 「たまたま彼女と同じ講義でした。そのことを知ると『一緒に行こう』と誘ってくれました。それからは何かと声掛けしてくれて、尚美が仲良くしていると知った他のクラスメイトたちも私を受け入れてくれるようになったんです」  これに私は救われました。  尚美がいてくれなかったら、今でも一人ぼっちだったでしょう。  その証拠に、尚美が無くなってから誰も私に連絡をくれなくなったんですから。 「私、尚美のお陰で何度も救われていた」  尚美のことを思い出していると、大事なことを忘れていたことに気付きました。  一番素敵なところは外見ではなく内面の良さだったんです。  彼女は他者への優しさに満ちていました。  彼女だから、襲われている私を助けようと出てきてくれたんでしょう。  やっぱり中身は変わっていなかったのです。
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