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仏間に行くと、黒檀の立派な仏壇が鎮座している。
扉を開けると、一柱に二名の戒名が書かれた位牌があった。
「これがおじいちゃんとおばあちゃんの位牌ね」
手を合わせると、手に取って眺めた。
エミリーにはなじみのない位牌。一応、下調べをしてきた。
「ふむふむ、漆塗りの位牌で、表側には戒名というあの世での名前が彫られている。右がおじいちゃん、左がおばあちゃん。裏には生きていた時の俗名と没年月日、享年が彫られているのね」
表裏を何度も見て彫られた漢字を読んだ。
母の旧姓「御堂」はすぐに読める。
祖父は、「章禎」、祖母は「圀子」。
「何て読むんだろう?」
イギリスと違って、個人を名前で呼ぶ習慣のない日本。祖父母の名前を聞いたことがなかったエミリーは読めない。
母の教育のお陰で日本語には不自由しないが、日常で使わない漢字はさすがに手に負えない。
あとで母に聞くとして、持ってきた巾着袋に丁寧に仕舞う。
「これでいいかな」
頼まれたことを無事に終えて、心からホッとする。
帰る前に他の部屋を確認して回ることにした。
部屋数は多いが、ほとんどがふすまで区切られているだけなので簡単に見通せる。
「どこも異常なし!」
祖父母は片付け上手。余計なものを溜め込まず、驚くほど物がない。
廊下を歩いて奥まで行くと、突如、この温かな家に似つかわしくない雰囲気の部屋が現れる。
エミリーも今まで入ったことのない、「開かずの間」だ。
「ここ、入ったことなかったな。近づくだけで怒られたっけ」
『決して近づいてはいけないよ』と、母からしつこく言われた部屋であった。
他と違って、独立した部屋となっている。入り口は戸板の一か所しかない。
施錠されていて、尚且つ、隙間を塞ぐように何枚もの護符が貼られている。
普通ではない異様な雰囲気を霊感のないエミリーでも感じるほどだ。
昔から、この部屋の前にくると寒気がした。
完璧な家にある、些細だけど決して無視できないほころび。
和紙で作られた護符は、年月を経て風化しており、いくつか剥がれ落ちている。
「護符が剥がれるほど時が経ったんだから、もう開けてもいいんじゃない?」
祖父母は亡くなり、母も病床。この家はいずれ自分の物になるだろう。そうなると、この家のすべてを知る権利が自分にあるはずだ。
今まで入ることが許されなかった部屋。
長い年月を経て、封印はもう充分だろうとエミリーは考えた。
つまり、開かずの間を開けて中を知ることになんの障害もないのだ。
そのように解釈したエミリーは、部屋を開けることを決意した。
だが、開けようとしてもガタガタするだけで動かない。鍵が掛かっている。
「それはそうよね」
開かずの間なのだから、護符で封印するだけでは足りない。物理的な封印も必要だ。
それもご丁寧に、鍵穴を隠すように護符が貼ってある。
エミリーは、鍵を捜すことにした。
「この家のどこかにあるはずだけど、その辺に置かないよね」
大切な鍵を隠すとしたら、どこだろうかと考える。
「ああ、そう言えば、日本では、大切なものは仏壇に仕舞うんだっけ」
仏間に戻って仏壇を調べる。
「あった!」
引き出しから古い小さな鍵を見つけた。それから家系図もあった。
「へえー。御堂のルーツが書かれているんだ」
見た感じ、それほど古いものではないようだ。
興味深く見ていく。
「お母さんの名前がある!」
母の名前「紅葉・ファレル」を見つけた。
母の配偶者として、父「エディー・ファレル」の名前が、二人の間には「エミリー・ファレル」の名前がある。
母が結婚出産後に書き足したのだろう。
「これ、お母さんの字」
久しぶりに見た母の直筆。
祖父母の下に母以外の名前はない。
母の兄弟姉妹について何も聞かされていなかったが、一人娘であることはこの家系図で確認できた。
「日本人のいとこはいないんだ。ちょっと残念。――これ、貰っていこう」
自分のルーツを知ることは、とても大切な事。
エミリーは、家系図をバッグに入れた。
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