手記11 四方盆村

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 バスに乗りましたが、私たち以外の乗客はいませんでした。  路線バスなのに、送迎車のような小ささでした。  時刻表では一日に2回しか走っていません。  遠くから来た人は、帰りのバスが翌朝までありませんから、どこかで泊まりになるのです。  バス停を降りると、周辺には緑深い峠しかありませんでした。 「今夜の宿はどうなりますか?」 「お寺に泊めてもらう」  野宿でなくてホッとしました。 「四方盆村では、余所者を排除する空気が強いが気にしないように」 「石でも投げられるとか?」 「そこまではないけど、出て行けと言われるかもしれない。だけど、僕が一緒なら大丈夫。民俗学者だと知られているから、僕には親切にしてくれる」 「じゃあ、最初は苦労なさったんですね。ああ、前におっしゃっていた一緒に酒を飲んだんですか?」 「よく覚えていたね。村の衆と酒を飲んで、一緒に風呂に入った。世話になることで受け入れてもらえるんだ。君も女衆を手伝うことで仲良くなれるから、頼むよ」 「分かりました」 「それから、これは大事なことだけど、僕等の行動を誰にも知られないように」 「禁足地に行くんですか?」 「そこを見れば、村人がどれだけアカダルマを怖れているか理解が深まる」  見てはいけないものほど見たくなるものです。それも、近づくだけで呪われるという血晶石の産地。  すっかり怖いもの見たさに負けてしまいました。 「呪い殺された人たちは、霊になっても苦しんでいます。そこで許しを請うことで、少しでも亡くなった人たちが、苦しみから解放されるといいのですが」 「そうだね」  先生は私の気持ちを理解してくれました。  峠を越えてたどり着いた四方盆村は、山地が広がる中の小さな集落でした。本当に孤立していました。  先生がひときわ大きな双子山を指しました。 「あれが四方盆山だ」  松の木や杉の木がたくさん生えた緑の山は、横になった達磨のように見えました。 「あの山の麓に四方盆寺がある」  緑に埋もれたお堂の屋根が見えました。 「まだ距離がありますね」  山の上だから、かなりの石段を登らなければたどり着きません。  ここに来るまでに3時間は歩きました。最後のダメ押しです。  どこかで休憩したくても、周囲には何にもありません。  山と畑と道だけです。  山の周辺は藪になっていて、猪や猿が出てきそうです。  ガサガサと音がしたので見てみると、鹿でした。 「し、鹿! 先生、あそこに鹿がいますよ!」  興奮して大声を出したら、鹿はサッと逃げていってしまいました。 「あー、どこかに行っちゃいました。先生、見ました?」 「いや。見損なった」  鹿を探していると、声を掛けられました。 「あんたら、ここに何の用だ?」  鍬を担いだおじいさんが後ろに立っていました。  いつの間に近づいたのでしょう。全然気が付かなくて驚きました。  返答次第では鍬で私たちを襲うつもりじゃないかと恐ろしくなりましたが、先生を見ると笑顔になりました。 「あれー? 青天目先生じゃなかとね?」 「ご無沙汰しております」 「いや、素っとん狂な眼鏡掛けとるから、誰だかわかんなかったべさ!」  先生の水色のサングラスを素っとん狂な眼鏡と言いました。 「東京ではそげな眼鏡が流行っとるんか?」  先生が掛けている個性的なサングラスを東京でも見たことがありません。  素っとん狂な眼鏡と言われて、先生は苦笑いになりました。先生は胸を張って答えました。 「個性的でしょう? 今一番気に入っているんです」 「ほーかあ。さすが先生。よーけ似合っとるで」  最後は褒めてくれました。  最初の怖い印象はすっかり消えて、話好きな気の良い村人へ変わりました。 「また四方盆村の伝承を調べにきたんか?」 「はい。何か思い出したこととか新しく見つかった記録とかありましたら、お聞きしたいと思っています」 「わしは知らんが、そんだらことは四方盆寺のお坊様のところに村中から集まるで、行ってきいてみんさい」 「そうですね。四方盆寺に行ってみます。ありがとうございました」  先生と私は、お礼を言って、四方盆寺に向かいました。
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