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「鍬を担いでくるから、最初は怖かったです」
「農作業に向かう途中だったんだろ」
私たちはまだ出入り口付近にいて、村の中ではありませんでした。
それに今は畑を耕す時期とは思えなくて、変じゃないのかなと思いました。
それからも、数名の村人に会いましたが、皆、鍬や鋤や鎌を必ず持っていてちょっと怖くなりました。
やはり警戒して見に来たに違いありません。
「先生、私たち、村の人たちから目を付けられていませんか?」
「気にするなと言っただろう」
先生はこのような状況に慣れているようですが、初めて経験した私はショックを受けました。まるで犯罪人扱い。こんな屈辱は初めてでした。
これ以上深入りしてはいけないのではないかと思うと、怖くなって帰りたくなりましたが、連れてきてほしいと頼んだのは自分です。せめて四方盆寺で話だけでも聞かなくちゃと自分を叱咤しました。
「血晶石を盗もうとするものは後を絶たない。50年ほど前の昭和初期には、たくさんの村人が殺されて、根こそぎ持ち去らされるという事件もあった。証言者がいなくて、未解決のまま。そのような歴史から、自衛のために村人全員が村に来る者を監視しているんだよ」
人の欲望にはきりがありません。殺された人たちは運が悪かった、で済ませて欲しくないと私は思います。そのような悪事を働く人間は、必ず捕まって欲しいと切に願います。
「そんな事件が起きると、血晶石を触ると呪われると脅すのも、先人の知恵かと思うね」
「でも呪いは事実ですから」
みんなの怪死は、偶然ではありません。
「まったく不思議なことだ。人々の願いは叶ったが、その呪いに自分たちも苦しめられてきたのだから。因果は巡るということか」
途中で大きな池があり、真っ直ぐ行ければ近いのにと不満を感じながら迂回しました。
「まだですか?」
「もうすぐだ。頑張れ」
寺領地の入り口までようやくこられましたが、ここに最後の難所がありました。百段以上の石段です。
急こう配で見上げる高さでした。一つ一つが巨大な石で組み上げていて、一段の高さが平均の倍はありました。
思わず弱音がこぼれました。
「ここ、上るんですか?」
「もちろんだ。ちなみに、一日数回往復することになるかもしれないよ」
先生が脅してきました。
腿を交互に持ち上げてヒイヒイ言いながら登りきると、立派な四方盆寺に到着できました。
門も塀もなく、開放された造りで懐深い感じがしました。
寺領地内には本堂の他に鐘撞堂と寺務所と集会場がありました。どこにも人のいる気配はありませんでした。
「静かですね」
先生は、寺務所が閉まっていることを確認しました。
「鍵が掛かっている」
「本堂かもしれませんね」
住職を捜そうとした私の肩を先生が掴みました。
「その前に、例の場所に行ってみよう」
「例の場所?」
「血晶石が産まれるところ」
先生に連れられた私は、本堂に入らず、横を通って竹林に向かいました。
「この先、禁足地」と書かれた立て札がありました。
それを無視して抜けると、崖下に出ました。
「ここが決して足を踏み入れてはならない禁忌の地。血晶石が産まれる地」
禁足地は、私の想像とは真逆でした。
おどろおどろしいジメジメした場所だろうと想像していたのが、そうではありませんでした。
翡翠のごとく輝く美しい竹林で覆うように隠されていたのでした。それはそれは美しい景観でした。
通り抜けていく清涼な風。
笹の葉が触れ合うサワサワ、サラサラという軽やかな音。
ここはパワースポットでした。そこにいるだけで、体内が浄化される気がしました。
「ここに四方盆寺が造営された理由は、血晶石の産まれる地だったからに他ならない。血晶石を見守り、祈祷することが寺の重要な役割。この竹林も住職が手入れしていて綺麗に保たれている」
それがこの村から寺に最も求められていることでした。
血晶石を守り、アカダルマの呪いから村人を護る。
その重責を四方盆寺の住職が担っていました。
先生は、入り口に立つ石碑の前で立ち止まりました。
「見てごらん」
石碑には、「この先 血晶石堕留魔処 立入禁止」と彫られていました。
「何て彫られているんでしょうか?」
「けっしょうせきだるましょと読む。アカダルマの住処という意味だ」
「これがアカダルマの住処……。呪いの発生元……」
自分たちを取り巻いていた清涼な空気が、急に禍々しく変わったように思いました。
敵の陣地に乗り込んだと思いました。
ここまで来たことに、私は感慨深くなりました。
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