手記11 四方盆村

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「さ、そろそろ行こう」 「はい」  長居は禁物。その場から立ち去りました。  境内に戻ると先生が言いました。 「疲れた振りをして」 「分かりました」  いかにもたった今石段を登ったかのように、上がり口で膝を抑えて「ハァハァ……」と、わざとらしくならないように息を上げました。 「それから、余計な話をしないように」 「はい……」  先生が本堂の奥に向かって呼びました。 「どなたかいらっしゃいませんか?」  奥から40代ぐらいの剃髪された住職が出ていらっしゃいました。 「こんにちは!」 「おお、東京の先生。どなたかと思いましたよ」  先生のサングラスが見慣れなかったみたいですが、顔を覚えていたようで一安心しました。これで村の人たちから疑われずに済むと思いました。  禁忌を犯したことで後ろめたさを感じていましたが、先生はおくびにも出さずに住職に尋ねました。 「ご無沙汰しておりました。今、到着したところなんですが、また一宿お願いでませんでしょうか」 「もちろん、構いませんよ。今日はお連れ様が一緒ですね?」 「はい。助手の御堂楓です」  紹介された私は、出来る限り深く丁寧にお辞儀をしました。 「青天目才舵先生の助手を勤めています御堂楓と申します。よろしくお願いします」 「そんなに硬くならなくて良いですよ。さ、リラックス、リラックス」  柔和な笑顔の気さくな住職さんでした。  本堂には小さな薬師如来像が鎮座しておりました。  その前には真新しい紙包みの箱がいくつか置かれて、のし紙には「男乕家一同」と書かれていました。  男乕均さんのご親族がここに来た証拠でした。 「墓地を見学させて貰えますか?」 「どうぞご自由に」  先生と私は本堂の左側に広がる墓地に行くと、男乕家の墓を見ました。  真新しい卒塔婆。彫られたばかりの墓碑銘。  男乕均さんは一族の墓地に埋葬されていました。  それだけでも良かったと私は思いました。  男乕均さんの霊は見ていません。  身内のお墓で安らかに眠れているのなら、良かったなと思いました。  帰る場所がある。  それはとても大きな安心です。  私にも最後に帰る場所があった。  幸せなことだと思っています。
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