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「さ、そろそろ行こう」
「はい」
長居は禁物。その場から立ち去りました。
境内に戻ると先生が言いました。
「疲れた振りをして」
「分かりました」
いかにもたった今石段を登ったかのように、上がり口で膝を抑えて「ハァハァ……」と、わざとらしくならないように息を上げました。
「それから、余計な話をしないように」
「はい……」
先生が本堂の奥に向かって呼びました。
「どなたかいらっしゃいませんか?」
奥から40代ぐらいの剃髪された住職が出ていらっしゃいました。
「こんにちは!」
「おお、東京の先生。どなたかと思いましたよ」
先生のサングラスが見慣れなかったみたいですが、顔を覚えていたようで一安心しました。これで村の人たちから疑われずに済むと思いました。
禁忌を犯したことで後ろめたさを感じていましたが、先生はおくびにも出さずに住職に尋ねました。
「ご無沙汰しておりました。今、到着したところなんですが、また一宿お願いでませんでしょうか」
「もちろん、構いませんよ。今日はお連れ様が一緒ですね?」
「はい。助手の御堂楓です」
紹介された私は、出来る限り深く丁寧にお辞儀をしました。
「青天目才舵先生の助手を勤めています御堂楓と申します。よろしくお願いします」
「そんなに硬くならなくて良いですよ。さ、リラックス、リラックス」
柔和な笑顔の気さくな住職さんでした。
本堂には小さな薬師如来像が鎮座しておりました。
その前には真新しい紙包みの箱がいくつか置かれて、のし紙には「男乕家一同」と書かれていました。
男乕均さんのご親族がここに来た証拠でした。
「墓地を見学させて貰えますか?」
「どうぞご自由に」
先生と私は本堂の左側に広がる墓地に行くと、男乕家の墓を見ました。
真新しい卒塔婆。彫られたばかりの墓碑銘。
男乕均さんは一族の墓地に埋葬されていました。
それだけでも良かったと私は思いました。
男乕均さんの霊は見ていません。
身内のお墓で安らかに眠れているのなら、良かったなと思いました。
帰る場所がある。
それはとても大きな安心です。
私にも最後に帰る場所があった。
幸せなことだと思っています。
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