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男乕家を出ると、先生に聞きました。
「お父さんの話は本当でしょうか」
「地方では多くがそうなのだが、最も重要視するのが、他人の目にどう映るか、人からどう思われるかだ。村の掟に反すると、村八分にされる。そうなると生活が困難になる。村で生きていけなくなる。それを避けるためには、何でもする。だから村の掟は絶対で、違反したり、揉め事を起こした人間は追い出される。つまり、禁忌を犯すことは大変なリスク。男乕均がそれをしたとしても、家族は決して口外しないだろう。禁忌を犯したことを住職が知れば、葬儀も埋葬も拒否されてしまう」
「そんな権力を住職はお持ちなんですね」
「村の権力者だよ。長老が亡くなっていればなおさら」
あの優しそうな住職が権力を振るうなんてとても思えませんでしたが、この村の掟を守るためなら鬼にもなる。
そこまでしなければ、アカダルマの呪いを封じ込めることが出来ないと考えた方がいいでしょう。
蛇骨家に行きました。
こちらのお父さんは、人の良さそうな男乕さんと違い、他人を常に威嚇するような強面の態度で、付き合い難い人でした。
あちらの家とは相性が悪いだろうと思いました。
「智也さんは、最近帰っていますか?」
「ずっと帰ってきていないね」
「均さんと智也さんの仲はどうでしたか?」
「特に聞かされたことはないよ」
住職さんの電話が功を奏して門前払いを食らわずに済みましたが、肝心の中身はありませんでした。
どちらも息子同士の確執について心当たりはない。
先生も深く追求しませんでした。
目的がそこではなかったからです。
ここまで来て、何も新しい情報が得られませんでした。そのことに私は落胆しました。
小さな女の子がふすまの縁からこちらを覗いていました。まるで座敷わらしのようでした。
目が合うと、サッと隠れました。
先生もお父さんも気づいていなかったので、私だけに見えた本物の座敷わらしかと思いました。
私たちは、蛇骨家を出ました。
「収穫がなかったですね」
「ここは狭い世界。本当のことを誰も言わないのが当たり前と思った方がいい」
民間伝承の調査でいろんな地方を知っている先生だから、そのような考えに至ったのでしょう。
話ながら歩いている私たちの後ろを、鍬を担いだ村人が付いてきました。
最初はたまたま同じ方向だと思っていたのですが、歩幅が同じだと気づくとゾッとしました。
私たちを追っていたのです。
さらにもっと恐ろしいことになりました。
村人の人数がみるみるうちに増えていったのです。
それも、鋤や鎌を持っていて、中には空の猫車を押している人もいました。
何を運ぶつもりなのか想像すると、背筋が凍りました。
「先生……」
「やばいかもな……」
不穏な雰囲気に、さすがの先生も緊張していました。
何しろ、このようなことになる心当たりがありすぎでした。
禁忌を犯したことがばれていたのかもしれません。
蛇骨智也と男乕均について、嗅ぎまわったことがまずかったのかもしれません。
「どうしましょう」
ここに逃げ場所はありません。
頼れるのは住職ぐらいでしょうけど、それだって、味方になってくれるかどうか分かりませんでした。普通に考えても、村側の人間だからです。
もし殺されれば、処分も簡単です。
私たちが行方不明になっても、ここまで捜しに来ないでしょう。来ても、村人全員で口裏合わせれば、不思議な神隠しとして話は終わるでしょう。
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