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また石段をヒイヒイ言いながら上りました。
四方盆寺まで戻ると、「ちょっと煙草を吸ってくる」と、先生が居なくなりました。
それがなかなか帰ってこなかったので、様子を見に境内へ行ってみました。すると、またさっきの女の子と話をしていました。
「先生、その子って、村人に怒鳴られていた子ですよね」
「蛇骨智也の妹の沙江利ちゃんだ」
「そうだったんですか」
座敷わらしじゃありませんでしたが、この子が幸運を運んでくるような気がしました。
「家では隠れていたのね」
「奥にいなさいって言われて、隠れていたの」
沙江利ちゃんは、オドオドしながら答えました。
「沙江利ちゃんは何歳?」
「9歳」
「智也さんがお兄さん? 他に兄弟は何人いるの?」
「智也兄、茂也兄、仙也兄と私の四人」
「たくさんお兄さんがいるのね」
智也は長男ということになります。
「先生、二人で何を話していたんですか?」
「貴重な証言を得られたよ。智也君は帰ってきていないって」
「え! わざわざ教えに来てくれたの?」
沙江利ちゃんは大きく頷きました。
「智也兄が心配だから、見つけてください」
擦り切れたダウンジャケットとズボン。赤いほっぺと澄んだ瞳。純朴そのものでした。
「分かった。約束するね」
私は、沙江利ちゃんの温かい手を握って約束しました。沙江利ちゃんの手は、あかぎれとしもやけで赤くガサガサになっていました。
「そうだ。これ、塗ってあげる」
私は少しでも良くなるように祈りながら、家から持ってきたスキンクリームを両手に塗り込んであげました。
沙江利ちゃんは嬉しそうになりました。
先生は、笑顔になったところを見計らって聞きました。
「ところで、沙江利ちゃんは誰に頼まれてここに来たのかな?」
「誰にも言われてない。黙ってきたの」
「そうか。お兄ちゃんが心配なんだな。そうだ。これをあげる。お駄賃だ。手を出して」
先生は、懐から小さなキャンデー缶を取り出して蓋を開けました、中には綺麗で可愛い金平糖がぎっちり入っていました。
「ワー、綺麗」
沙江利ちゃんの瞳がキラキラ輝きました。
その金平糖を先生は、全部沙江利ちゃんの手のひらに乗せました。
沙江利ちゃんは、数個立て続けに食べると、気に入ったようで、残りを一気に口に入れてボリボリ嚙み砕いて飲み込みました。
「美味しい! ありがとう!」
沙江利ちゃんは笑顔になりました。
「沙江利!」
石段を上がって、丸坊主で履き古した学校ジャージの少年がやってきました。
「仙也兄!」
蛇骨家の三男でした。
「こんなところで何しているんだ! 危険だから寺には近づくなって言っただろ」
「ごめんなさい」
「さ、帰るぞ」
仙也兄は、沙江利ちゃんの手を引いて帰っていきました。沙江利ちゃんは、私たちに笑顔で手を振ってくれました。
沙江利ちゃんのお陰で心温まった私は、とても救われた気持ちになりました。
「先生、金平糖なんて持ち歩いていたんですか?」
「糖分補給用」
「私にもください」
「いいよ。今はないから、帰ったらな」
「約束ですよ」
「分かった」
どれだけ小さな約束でも、先生と結ぶなら天にも昇る気分になれました。
「金平糖で喜ぶんだから、子供って可愛いですね」
「君だって、同じじゃないか」
その通りでした。
先生は、からかうような笑みを私に向けました。
その顔に胸がキュンと高鳴りました。
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