手記12 囚われる

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「先生、あれから何があったのか教えてください」 「僕が煙草を吸い終わって研究室に戻ると、君の姿が消えていた。机には脅迫状が置かれていた」  脅迫状という言葉に恐怖を感じました。 「どんな文面でしたか?」 「女を返してほしければ、例の物と交換だ。廊下に置け。代わりに居場所の地図を置く、と書かれていた」 「例の物って、何ですか?」 「僕にも分からなくて、お金を置いたり、民俗学の資料を置いたり。当たるまで時間が掛かってしまった。こんなところで一人縛られて辛かっただろう。すぐ助けに来られなくて申し訳なかった」  先生は頭を下げました。 「いえ、来てくれただけでありがたいです。で、それは何だったんですか」 「誰がこんなことをするのかと考えた時、蛇骨しかいないと思った。それで蛇骨の部屋まで行き、冷凍庫にあった肝を借りてきて置いて見ると、それが無くなって地図が置かれていた」  ゾッとしました。 「何でそんなものを?」 「アカダルマの呪いが解けきれていなかったんじゃないかと思う」 「もっと肝が欲しかったってことですね。回りくどいことをしないで、自分の部屋なんだから取りに行けばいいのに」 「大家さんは、蛇骨の帰りを待って、四六時中部屋を監視しているとのことだった。それで自分ではアパートに近寄れなかったんだろう。回りくどいが誰かを脅して取りに行かせたんだ」  私を苦しめた蛇骨が憎くなりました。表情から私の胸の内を先生は見抜きました。 「今、蛇骨を憎んだね」 「え? あ、はい」 「それも目的だったかもしれない」 「私に憎まれたかったんですか?」 「そうじゃない」  先生は否定しました。  そして、「アカダルマについて、まだ言っていなかったことがある」と言いました。 「四方盆村に伝わるアカダルマの伝承では、人を恨む心がアカダルマの呪いを促進すると言われている。君が誰かを憎むと、呪いの発症が早まる。そうすれば、新鮮な肝が手に入ると考えたんじゃないかと思う」 「それでここに閉じ込めたんですか⁉」  私は怖くなりました。  尚美を思い出しました。  死ぬ直前に私を恨んでいたのです。  私を恨んで憎んでいたからアカダルマの呪いが早く効いてしまったのだとしたら。  これ以上、考えたくありませんでした。  根本は自殺した男乕均を激しく恨んでいました。あいつが自殺したせいで不倫が妻に知られてしまうと怒っていました。  堤恵奈も同様でしょう。  岡島塁は、バイトに行けなくなったと怒っていました。  篠原店長さんは、無断欠勤した堤恵奈さんに怒っていました。  それぞれが負の感情に囚われていた時に呪い殺されたのです。  私にアカダルマの呪いが発症していないのは、それまでの負の感情が起きなかったからで、それどころか、先生と過ごしてとても浮かれていました。  恨みつらみとは真逆でした。  蛇骨智也が私から負の感情を引きだそうとしていたのなら、危ないところでした。  もしも、激しく彼を憎んでいたら、アカダルマの呪いに殺されて、体から肝を取り出されていたのでした。  助け出してくれた先生には、いくら感謝しれもしきれません。  先生のお陰で、私はアカダルマの呪いから免れていたのです。  人を助けるのは、いつだって人を想う温かい気持ちです。  アカダルマの呪いがそれを証明していたのです。  私を支えていた先生の足元がふらつきました。  体調がとても悪そうでした。 「先生、体調が悪そうですが、大丈夫ですか?」 「……」  先生が黙ってしまいました。 「先生?」 「あ、ああ……。ちょっと疲れてぼうっとしてしまった。君を捜すのに寝るのを惜しんで奔走して、溜まっていたのかな」  自分を犠牲にして、私のために奔走してくれたのでした。  先生には、感謝してもしきれません。
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