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「先生、今日はゆっくり休んでください。私は大丈夫ですから」
まだ恐怖は残っていましたが、いつまでも先生に甘えてはいられませんでした。これ以上、迷惑を掛けられません。
蛇骨智也の行方を探したい気持ちもありましたが、それより先生にゆっくり寝て欲しかったのです。
先生は顔色が悪く、本当に具合が悪そうでした。
「先生? 病院へ行きますか?」
「ああ、いい……」
先生は頭を押さえて、私から遠ざかりました。
小さな声で「とうとう……きたか」と呟きました。
「何が来たんですか?」
私はなんとなく察してしまいました。だけど、現実として認めたくなかったのです。
違ってほしいと思い、先生の返答を待ちました。
よろける先生を支えようとすると、「近づくな!」と、先生に怒られました。
「先生……」
「僕からもっと離れろ」
手で体を押されて、遠ざけられてしまいました。
「先生!」
先生は、自分の顔を右手で掴み、左手で胸を掻きむしりながら、ヨタヨタと歩きました。
それはどこかに向かって進んでいるのではなく、その場に立っていられなくてよろけていると言った方が正しいでしょう。
先生が口から鮮血を大量に吐きました。
怖れていたことが、とうとう起きてしまったのです。
「そ、そんな……、先生……、先生!」
先生は、血反吐を吐き、苦悶の表情でよろけながらも、辛うじて立っていました。
「先生!」
泣きながら近づこうとする私に、「こっちにくるな!」と必死に遠ざけてきました。
「もう、終わりだ……」
先生は、私を見て微かに微笑みました。
「先生! 先生! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 先生! 先生―!」
私は半狂乱になり、喉が潰れるまで泣き叫びました。
冷静でなんていられませんでした。かなり取り乱して、体裁を取り繕う余裕もありませんでした。
こんな状況でそんな必要はないのですが、子供の頃からきちんとしなさいと躾けられてきた私としては、大変な事でした。
先生は震える手で、ポケットから折り畳み式ナイフを取り出しました。
「先生、それは?」
先生が何かを言おうとしていました。
私は、先生がそれで自分の肝を取り出して私に食べるよう言おうとしているのだと分かりました。
それだけは出来ませんでした。
出来るわけがありません。
私がどれだけ先生を愛していたか。
先生は我が身を顧みず私の犠牲になろうとしている。そんなことを私は求めていません。
私の願いは、先生と共に呪い殺されることでした。
だけど、私には一向に呪いが発症しないのです。
私に呪いが発症していれば、肝臓を先生に上げられたのに。
一番の後悔でした。
先生は、苦しそうな顔で必死にナイフを動かそうとしていました。
ガタガタと震える先生の手に持たれたナイフの刃が、鈍い光を放ちながら小刻みに揺れたことをよく覚えています。
「先生、それ以上動かないで! 死んじゃう!」
遅かれ早かれ、死からは免れないでしょう。
それでも先生は、必死に足掻いていました。
ナイフの刃が空中を切り裂いたあと床に落ちて、先生が倒れ込みました。
「先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生! 先生!」
何度呼んでも答えてくれませんでした。
先生は、とうとうアカダルマの呪いで死んでしまいました。
先生の声は二度と聞くことが出来なくなったのです。もう会話することはないのです。
永遠に引き離されてしまったのです。
そのことに絶望した私は、泣き叫びました。
「先生! 先生! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 死なないで! 先生! 先生! 戻ってきて!」
私の叫び声だけが、虚しく風に乗っていきました。
それからは、愛する先生を失った私は、燃え尽きて何も考えられなくなりました。
アカダルマが憎い。
だけど、全てを奪い取ったのがアカダルマなら、私に先生を与えてくれたのもアカダルマです。
この矛盾が私を果てしなく苦しめました。
「先生、アカダルマでもいい……、私の前に現れて……」
バカな願いだと分かっていましたがそれでもよかった。
私は幾度も幾度も願いました。
朝起きれば願い、夜になれば願い。
だけど、先生は現れてくれませんでした。
私は愛されていなかったのでしょうか。
うすうす感じていました。
先生は私が思うほど私のことを愛していなかったのでしょう。
それでもいいのです。
私もアカダルマに呪われているのですから、先生の後を追います。
どうか私の亡骸には決して手を振れないでください。
触った人も呪われてしまいます。
この部屋は呪いで汚染されています。誰も入れないでください。鍵を掛けて護符を貼って未来永劫封印してください。
この手記も目を通したら護符で封印してください。
いつかアカダルマの呪いに苦しむ人が現れたら、ここに書いたあった呪い返し方法を参考にしてください。
私にはできませんでしたが、それを実行したからといって、非難や差別をしないであげてください。誰にだって生きる権利はあるのです。
お父さん、お母さん、紅葉お姉ちゃん。今までありがとうございました。三人の家族に生まれてきて私は幸せでした。
最後に迷惑掛けますが、どうかよろしくお願いします。
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