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エミリーは、怒りで体が熱くなった。
自分の一族に傷つけた青天目才舵が憎くてたまらなくなった。
だけど32年も経っているのだ。今さら誰に恨みをぶつければよいのだろう。
「……32年も前のラブロマンスに水を掛ける必要はないか。アント楓がロマンティックな思いのまま眠り続けた方が幸せだもの。真実を明らかにするなんて、残酷で無粋なこと」
青天目才舵は、楓に何もしなかった。それこそ愛情の証明であっただろう。
石灯籠の回りだけ風が吹いて、枯れた桜草が揺れた。
あたかも楓が自分の存在を知らせているかのようで、エミリーは泣きそうになった。
石灯籠に手を合わせると、先祖代々のお墓に埋葬されなかった気の毒な叔母の冥福を祈る。
――カァー、カァー
夕焼けの空を七羽の鴉がねぐら飛行している。
「私も帰ろう」
病床の母には、お墓参りも済ませたよと報告するつもりでいる。
エミリーが立ち上がって振り向くと、全身真っ赤なダルマが後ろに立っていた。
「ヒィ」
あたかも全身の皮膚をひっくり返したように、太い血管から毛細血管と神経で覆われたのっぺらぼう。
滲みだす体液と血液で表面はぬめぬめとし、西日に照らされてテラテラと鈍く輝いていた。
「ギャアアアアア!」
エミリーは、あまりの怖さに叫んで目を瞑った。
「……」
しばらく震えて待ったが、何も起きなかった。
恐る恐る目を開けて見るが、もうそこにはいなかった。
建物の奥から生暖かい風が吹いて、エミリーの顔を撫でた。
「見間違い? いえ、確かに見たはず……。まるで血ダルマ……。まさか……、あれが手記に書かれていたアカダルマ?」
その気味悪さたるや、手記に書かれた以上であった。
エミリーは、慌てて仏壇に行くと、護符の束を掴みとり、それで手記を包むとカバンに突っ込んだ。
「青天目才舵を憎んだことで、私までアカダルマに呪われてしまった?」
封印を破り、部屋に入ってしまったことで自分も呪われたのかもしれないと、エミリーは、慄いた。
先ほどまで迷信だとか、騙されているのだとか、全く信じていなかったのに、アカダルマを見てしまった以上、信じないでいるのは無理だった。
「何とか……、何とかしなきゃ……。でもどうすればいい?」
頭を抱えて必死に考えた。
どこへ逃げてもアカダルマは追ってくるだろう。誰も逃げられないのだ。
「アカダルマについて知っている人を探そう」
青天目才舵は死んでいるが、民俗学者としての研究成果があれば、そこに助かるヒントが残されているかもしれない。
エミリーは、東京に戻って青天目才舵について調べることにした。
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