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最終章2 青天目才賀
東京に戻ると、青天目才舵が勤務していた私立K大学に向かった。彼の情報を得るには、それしか手掛かりがなかった。
たとえ32年という長い歳月が過ぎても、必ず記録が残っているはずだと期待もした。
もしかしたら、彼を知る人が勤続中かもしれない。退職していても、存命なら話を聞きに行ける。
あるいは、当時の教え子が見つかるかもしれない。カラクリ箱を贈るような学生が青天目才舵にもいたのだから、充分に可能性はある。
研究室に何度も通っていたのだから、さすがにそこは偽っていなかったはずだ。
K大学は、20年ほど前に建て替えられていて近代的な校舎となっていた。
楓が感動した、歴史を感じさせる旧校舎は全て取り壊され、低コストで味気ない新校舎となっていた。
「32年も経てば、こうなるよね」
それでも、キャンパスのイチョウ並木はどれも幹回りが巨大で、樹齢によってこの大学の歴史と伝統を感じさせるには充分であった。
独立した研究棟も無かった。
キャンパスに入って構内配置図を見ると、研究棟は巨大な校舎の一部になっていた。楓が閉じ込められたという地下室付きの棟も無かった。
事務所に行くと、青天目才舵教授について調べている留学生だと名乗ると、学生課長の吊塚が出てきて快く応じてくれた。
「日本の民族伝承について興味があります。こちらには民俗学者の青天目才舵博士が在席されていたと思いますが、彼について何か情報はありませんか?」
あくまでも研究対象として知りたいと伝えた。
こんな時、自分の留学生としての身分がとても役に立つ。
エミリーの専攻が日本の伝統芸能であったことも、信ぴょう性を与えて、何の不信感も相手は抱かなかった。
「青天目才舵博士ですか?」
まだ若い吊塚は会ったことはないだろうとすぐに分かった。
「しばらくお待ちください。今、資料をお持ちします」
一旦席を外すと、コンピューターでプリントアウトした一枚の紙を手に10分後に戻ってきた。
そこには10桁ぐらいの英数字と、青天目才舵の略歴が書かれていた。
「確かに以前所属していた方ですね。1984年から1988年まで、民俗学の講義を受け持っていました。最後は死亡により退職となっていますね」
「死亡の理由は分かりますか?」
「そこまでは書かれていません」
「当時でいいので、自宅住所は分かりますか? 電話番号とか、連絡先とか」
「何しろ32年前です。コンピューターには入っていません。過去の在席資料は図書室に収められているので、そこに記載されている可能性はありますけど」
「お願いします! ぜひ拝見したいです!」
「ではこれを持っていってください。ここに書かれている文献番号を申込書に書いて、司書に渡してください。奥から出してくれます。ただ、期待されていることが書かれているかどうかは保証できませんよ」
10桁の英数字は文献番号だった。
「構いません。ありがとうございました」
図書館に行くと、そこは本の世界だった。
天井まで届く書架が何連と並んで壮観である。
他の大学に比べて、その所蔵数はけた外れに違いない。
「すみません。これを読みたいのですが」
エミリーがプリントアウトされた紙を受付の司書に渡すと、「これは書庫にあります。書庫は関係者以外立ち入り禁止ですので、持ってきます。時間が掛かりますが良いですか」と、答えた。
「構いません。待ちます」
司書は頷くとそれをもって、奥の扉に入っていった。
30分ほど待つと、司書が出てきた。手には黒いつづり紐で括られた書類の束を携えていたのでエミリーは、ホッとした。
「こちらですね。当校の職員履歴です。持ち出し、コピーは禁止です。必要な個所をメモするのは結構ですが、情報を外部に出さないでください」
「分かりました」
エミリーは、それを借りると室内のテーブルに座った。
人がいるここでは、あのアカダルマが現れることもないだろうと、エミリーは、安心して調べら始めた。
厚さ3センチほどのずっしり重い史料。表裏をボール紙で挟んでいる。
1988年教員名簿と書かれた表紙を開ける。
な行のページを捜して開くと、「青天目才舵」の項目があった。
住所、生年月日などの履歴書に、専攻、研究の内容がザックリ書かれていた。
青天目才舵は、民俗学で博士号を取得した教授であった。
写真もあった。勿論へんてこなサングラスは掛けていない。眼鏡も掛けていなくて素顔がよく見えた。かなりのイケメンであった。
「この若さで博士で大学教授で自分の研究室を持っていて、外見も悪くない。これなら、ほとんどの女子は惚れるでしょうね。さぞかしモテたでしょう」
相手の内面が知るほど長い付き合いではなかった。そうなると、顔、地位、名誉、収入で惚れたとしか思えなかった。
(だから胡散臭い男に引っ掛かってしまうのよ)と、エミリーは鼻でバカにした。
民芸品をくれたのは女子学生だったのかなと考えた。
中に何かを入れたカラクリ箱。
それが何なのか楓は気にしていたが、青天目才舵は気に掛けていなかった。
「もしかして、ラブレターとか……。ラブレターでなくても、それに準じたプレゼント。例えば指輪、ネックレス……。いえ、カラカラ音がしたことから、指輪の可能性が高い」
好きな教授を思ってプレゼントを贈る女子学生。
教授はラブレターを読んでくれただろうか。返事は貰えるだろうか。おそらくそんなことを考えては、浮き沈みの激しい気持ちで毎日を過ごしたんじゃないだろうかとエミリーは想像した。
浮かれた学生気分を味わえた気がする。
ページをめくると、フォーマットが違っていて、明らかにあとから追加したと分かる。
それもメモ書きで、正式な書類ではない。それを一瞥しただけで、楽しい気分が吹っ飛んだ。
「1988年2月。構内で出血多量により突然死去。原因は不明」
出血多量で亡くなったことが事実として証明された。
「アカダルマの死に方は、頭部から大量の出血によって亡くなるということか」
枠外には、「退職書類送付先:青天目路子・教授の実母。葬儀未定」と鉛筆書きされていた。
「そうか。遺体の引き取りとか、退職手続きとか、青天目才舵の家族に連絡を取らなきゃならないですもんね」
連絡先として書かれた住所は、青天目才舵の自宅とは違っていた。実家なのだろう。実家の住所が分かったことは大きな収穫だ。
「ここに今でも住んでいてくれていれば、話が聞けるんだけど」
遺族から、より詳しい話を聞けることを期待した。
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