最終章2 青天目才賀

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 エミリーの元に、学生課長の吊塚がやってきた。 「お目当てのものは見つかりましたか?」 「はい。ありがとうございました。とても助かりました」 「新しいことは書いていなかったと思いますが」 「そうですね。お母さまの連絡先が分かったので、訪ねてみようと思いますが、32年経って、ご家族もご存命かどうか心配です」 「当時60歳ぐらいとして、今だと90以上になるから、どうでしょうね」  可能性はかなり低いだろうと吊塚は言った。 「職員の上垣さんという方が勤続50年なんですけど、当時のことを何か覚えているかもしれません。会っていきますか?」 「ぜひ紹介してください!」  吊塚が気を利かせてくれて、エミリーに希望が見えた。  学生課の応接室で上垣という職員と話した。  勤続50年ということで70を超えたご高齢だったが、記憶はしっかりしていた。 「よく覚えていますよ」 「何でもいいので教えてください」 「いつも地方に出ていて、構内にはほとんどいなかったんじゃないかな。いたとしても研究室に籠っていましたから、あまり接する機会はありませんでしたね。構内で亡くなったのはショックでした。皆で救急車を見送ったことをよく覚えています。持病があるとは聞いていませんでしたから」  昨日の事のように表情豊かに話した。 「亡くなった時、一緒に誰かいませんでしたか?」 「助手だという女子学生が一緒でした。大学への届けがなくて、個人で雇っていたようでした。当校の学生でもなかったので、氏名や経緯などの詳細は把握していません。もっとも本人がそう言っただけの自己申告ですから、本当かどうか分かりません。青天目才舵先生が突然倒れて、とても取り乱していたので、一緒に救急車で運ばれて行きました。その後どうなったのかは知りません」  実家に戻って自殺したことまでは、知らないようだった。 「青天目才舵先生の葬儀に行かれた人はいましたか?」 「当時の課長が参列しました。父上はすでに鬼籍の人で、母上が喪主でした。自慢の息子の死が相当堪えていて、憔悴していたと話していました。大学側も青天目才舵先生は将来の学界を背負って立つ人物になれると期待していたぐらいですから、ご家族が受けた衝撃の強さは計りかねます」  しみじみと語った。 「人柄や人格はどうでしたか?」 「出来た人でしたよ。職員にも分け隔てなく接してくれました。いつも考え事をしていて難しい顔をしていましたね。これは青天目先生に限ったことではありません」 「水色のサングラスを掛けていたのを覚えていますか?」 「水色のサングラス? ああ、そういえば、亡くなった時に掛けていました。他の職員が、あんなサングラスを掛けていたっけ? と、誰かに聞いていました。最近掛けるようになったと数名が答えていました」 「そうですか」  やはりそうだったとエミリーは思った。  青天目才舵は、アカダルマの呪いに掛かったから水色のサングラスを掛けるようになったのだ。  あと、気になっていたことを聞いた。 「青天目才舵先生が亡くなった場所はもうないと思いますが、当時はどのような建物だったんですか?」 「サークルの部室があった別棟でした。丁度冬休み期間だったので、利用されていませんでした。なぜそこに助手といたのかは分かりません」 「そこに出入りするのは簡単でしたか?」 「簡単でしたね。基本的に解放されていましたから」 「分かりました。色々話を聞けて良かったです」 「私の記憶も古くてそんなに話せることもなくて。ところで、青天目才舵先生にはお子さんがいらして、その方が今では立派な大学教授になられているんですよ。その方でしたら、もっと何か分かるかもしれません」 (え?)  まるで世間話のように持ち出したその情報は、想像していなかったエミリーにとって不意打ちをくらったような衝撃で、ほんのわずかだが放心してしまった。  エミリーは、聞き間違いの可能性を信じて再度確認した。
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