最終章2 青天目才賀

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 そこは、東京都心のはずれにあって、とても古い日本家屋だった。 「ここは私が遺産相続した。両親は私が生まれる前に離婚したけど、青天目の祖父母は、孫の私をとてもかわいがってくれて、何度か泊まりに来ていた。だから、勝手は知っている」 「母の実家もここと同じくらい古い家です。昭和の家は趣があっていいですよね」 「趣があっても、住むには古くて。処分するにはお金がかかる。家財道具は多いし、物置として使うには丁度良い。父の資料置き場にうってつけで残してあったんだ」  家の中に入ると、廊下の両側に部屋が並んでいた。 「5LDKあるよ」 「住みやすそうですね」 「まあね。父の書類は2つの部屋に置いてある」  一番手前にあるふすまを開けると、畳の和室が段ボールの山だった。 「どの箱に何があるか、全然分からないんだ」  エミリーは、覚悟を決めた。 「全部開けましょう。四方盆村の資料があったら教えてください。ぜひ読みたいです。それと、民芸品のカラクリ箱があったら、すぐに教えてください」 「カラクリ箱?」 「そうです。ちょっと気になるので」 「分かった」  膨大な資料を調べるにはのんびりしていては時間が足りなくなる。二人は、埃をまき散らして大急ぎで開封していった。 「ありませんね」 「次はこっちを開けてみよう」  一緒に活動していくうちに連帯感や親近感が出てきたので、エミリーは、気になっている青天目才舵と妻のことを確認した。 「先生のご両親は離婚していたのですか?」 「私が生まれる前に離婚したそうだ」 「そうですか……。才賀先生がお腹の中にいるときに離婚したということですね。何か理由を聞いていますか?」 「細かいことは分からない。ただ、離婚を決めたのはまだ私を身ごもっていたことに気付かなかった時期で、あとから妊娠が分かったそうだ。だから、身重の妻を捨てたわけじゃない」 「そうでしたか……」  人でなしでなくて良かったと、エミリーは密かに思った。 「青天目は、亡くなったお父様の名字ですよね。才賀先生は、お母様に育てられたんですよね? 日本では離婚すると女性は旧姓に戻すといいます。名字が青天目なのはどうしてですか?」 「必ずしも旧姓に戻さなくてよいんだよ。母は、旧姓に戻さずに青天目の使用継続を選んだ。それだけのこと。青天目という名字が気に入っていたのと、離婚しても父を愛していたんだろうと思う」  青天目才賀は、離婚のところで無念そうに唇を噛んだ。  妻が妊娠していたと分かれば、よりを戻してもよさそうなのに、そうしなかった理由があったのだとエミリーは考えた。  箱を開けては資料の表紙を見て、四方盆村の文字を捜していく。  空振りしたら次の箱に進む。 「才賀先生は、何月生まれですか?」 「8月」  楓と才舵が知り合った時期には、離婚していた計算になる。 (聞いている限り、青天目才舵と妻の間にトラブルはなさそうだった。は妻とどうしても別れなければならない理由があったということ? それも、アント楓と出会う前に。それにはもしかしたら、アカダルマの呪いが関係している?)  少しずつ真実に近づく手ごたえを感じた。  エミリーは、開けた箱に収まった四方盆村の資料を見つけた。 「ありました!」  才舵が四方盆村まで足を運んで、村人たちから聞き出したアカダルマの呪いの伝承が記録された資料だ。  ドキドキしながら目を通す。 『決して近づいてはならない禁足地には、遠目で見ても不思議なオーラで満ちていた。写真を撮ると、紫色の光線が何本も写り込んだ。これに山の意思を感じた――』  一緒に写真が挟まれていた。  山を写したものだが、右上から左下に向けて紫色の細い発光体が走っていた。  それ以外にも、オーブと呼ばれる光の球が何個も写っていた。 「アカダルマは超常現象なのかしら」  そうとしか思えないのだが、アカダルマの生々しさはそうでもないような気がする。  永遠に答えは出ないのかもしれない。  大体が手記に書かれていたことと同じだった。ここに虚偽を書くことはないだろう。  青天目才舵は、本気でアカダルマの呪いを解明しようと苦闘していた。  青天目才舵が血晶石を自分の手に乗せて観察している記述を見つけた。 『――血晶石は、赤くて半透明の水晶。その赤は鮮血と同じ濃度をしている。わずかな欠片であっても、手に乗せると自分の血のように怪しく光っている――』  これこそが、青天目才舵が禁忌を犯して血晶石を触った証拠だ。 「自分にも見せてくれ」  やってきた才賀もざっと目を通した。 「――アカダルマの呪いは発症に個人差が見られる。特に顕著なのが、憎む、恨む、怒るなどの負の感情が強い人ほど早くアカダルマの呪いが発症する――。面白い仮説だな。まだまだ気になる記述が散見されるが、この場で全部読むには時間が足りない」  外は薄暗くなってきている。 「先生、この資料をお借りしていいですか?」 「いいよ。僕も読みたいから、どこかでコピーしよう」  エミリーは、バッグに仕舞った。 「あとは、カラクリ箱ですね」  夜になる前には見つけたかった。
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