聖女の遺言

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 女神によって、勇者と勇者と共に魔王と戦う仲間が選別された。  その数十年後――魔王が討伐されて、勇者が自国の王女と婚約したニュースが全世界を駆け巡る。  世界は感動に沸いた。魔王が討伐されて以来の明るいニュースだ。  人々は【勇者 レオール】が、王者として新時代を導く新たな光となることを夢想し期待する。  希望に目がくらんだ人々。彼らは、かつての勇者の恋人――【聖女 マリス】の訃報が届かない。  彼女の功績により、人々の生活と医療現場の質が一気に向上したにも関わらず、誰もそのことを顧みることはない。  マリスの訃報の数日後、王族としての教育を受けていたレオのもとに、かつての仲間が訪ねてくる。  仲間は言葉少なくレオにマリスの遺言書を渡すと、ふらふらとどこかへ立ち去った。まるで逃げるように。  レオは「なにを今更」と呟きつつ、マリスがしっかりと遺言書を準備していたことに暗澹たる心地になる。  マリスが使用できる聖女としての回復魔法は、通常の回復魔法と異なる【寿命を削る】回復魔法だ。  対象者が死なない限り、例え不治の病であっても立ちどころに回復させる奇跡の御業(みわざ)。  レオは振り返る。彼女の回復魔法のおかげで、何度、死の淵から生還できただろうか。  そして、彼女が死んだということは、最後の最後まで彼女は自分の寿命を人々に配ってまわったのだろう。  愛していた。だけど、マリスが自分よりも先に死ぬ事実に耐え切れなかった。  彼女を捨てる形で王女と婚姻を結び、マリスの慟哭に耳をふさいだ。  決して、王座に魅力を感じたわけではない。    が、「やっと死んでくれた」と、レオは安堵する。  死人に口なし――負の過去が清算された清々しさを覚えたと同時に、マリスに対して申し訳ない気持ちがこみあげてくる。  せめて、彼女の最後の言葉に耳を傾けよう。  レオは遺言書に手を伸ばした。
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