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2.澄み切った聴覚
路地裏に降る雨は、止むことがない。
壊れた切断パイプに雨水が滴り続けて、特異でもない晴れが続きもしないでまた壊れた。水溜りの成分検査員はため息でしぼみきった夢を膨らませる。町の夢は、誰かのため息でできていた。
――あまもり。
――何処にあった?
――あっははは。
――はは。
少年は音を怖がった。そのせいで寝てばかりの生活を強いられている。
――ごめんね。
少年は度々そのような自分の有り様を母親に謝った。彼の出来ることといえば、壁から言葉を拾うことと、音に怯えることと、手で笛を吹くことだけだった。
――いいんだよ。あなたがそうなったのは、私のお腹の代わりをしてくれているんだ。あなたがそうでなかったなら、今頃私のお腹は音のないとこで寝ているさ。
――お腹がないとご飯が食べられないものね。
――ああ、助かっているよ。
実際、町には音が溢れていた。人と人の摩擦、喜怒哀楽の擦過、汚い水音、風が揺らす金属音、軽い命の終わり、安い酒に飲まれた嬌声。銃声、エンジン音と釣り合わないドライバーの舌打ち。
少年の澄まされた聴覚に、音が物理的に襲ってきた。
――しーーーーーーーーー。
少年に聴こえる音のつぶては、世界に事象を引き起こすための人間弾よりも鋭く、少年の心に数多の風穴を貫通させる。
――僕の目で、あの薄っぺらい天井を抜くことはできないのに。天井の野郎は僕の体を抜いて布団をみてやがるんだろう。
少年は思った。
――どうして命を持っていかないんだろう?
音に恐怖を感じ、心臓が静まるのを待っている時、いつも思った。
なんて手のかかることをするんだろうと。
――しーーーーーーー。
一つめは母親の。
二つめは少年の。
――しーーーーーーー。
三つめは何者かの。しーーーーーー。三つのしーーーーー、が少年を眠りに落としていく。母の掌が耳を覆って、脈が血の声を聞かせた。
――おやすみ。
――おやすみ、母さん。
音のない声、少年は母親のお腹と草原に眠る。風が耳栓をしてくれた。何処にもぶち当たらない風は優しかった。金属フェンスを揺らさない風は、静かだった。
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