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4.わけもなく飛ぶ
痛い痛い痛い。なぞるな。でも、音が鳴る。再生されていく。ラジオは面白い。スポンサー、提供クレジット、パーソナリティーの小粋なジョーク、被せるアシスタント、通販コーナーのお菓子を食べて大満足。リクエスト曲、少年は合わせて手の笛を吹く。わけもない、普段は届かない高音も自在に奏でられる。思いが肉体の制限をうけずに加速して現実になった。
映画館で恋人同士はお洒落に身を飾り、ポップコーンはキャラメル味が人気だ。本編前に予告編が続いてもお客は「次はあれにしよう」と頷き合っている。
少年の意識が浮遊する。極度の恐怖と不安を越えて、天国が痛みの向こうにあることを知った。
カビが体を這いずってこない。鏡をまたみられる。痒くない体。骨の浮いていない母さんの背中。泣かずに撫でられる背中。
朝、窓を開けた。向こうからも窓が開く。手をお皿にして差し出される。困ることもない。少年の体にはリンゴの実がたくさんだ。
メリーゴーランドから飛び降りて、観覧車で町を見下ろせば、夕景に少年たちが自転車で駆けていく。「カラーボール失くすなよ」「おー」「学校に持って来いよな」「おー」
こけた。少年の靴紐が蝶になって飛んでゆく。群れになって蝶たちは空飛ぶ絨毯になる。月明かりに、語り部は夜を徹して不思議な物語を語り、少年は仲間たちと火の番をした。ラクダの鼻提灯が弾けると、少年はプールで光るキノコを栽培する博士になっている。
痛い痛い痛い。酷い音ばかりだ。
怖い絵が透けてみえる音ばっかり。
どうしてこんな怖い音の中で、町の人や母さんは立っていられるんだろう。
少年は光るキノコを手に、洞窟を探検する。
山賊の遺したお宝は、パイプオルガンの音階がキーになって発見され、白い竜は古本屋にとぐろを巻いた。
――音が、未来を再生する。
少年は痛がり、喜び、夢をみていた。
隣でくたびれた母親は血走った目を瞼に隠していた。
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