おくりもの

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 毎年のあなたへのプレゼントは、何を贈るか本当に迷う。だってせっかく心を込めて用意するんだから喜んでもらいたいもの。  だから、あなたのお誕生日が近づくと私はそわそわとあなたのことばかり考えてしまうのよ。なんだか狡い気がするわ。だって、あなたは私が想うほどには私のことを想ってくれないもの。  ううん。違うのよ? 不満がある訳じゃないの。私はね、今のままでも十分に幸せ。あなたを想うということは、私に許された何よりも素敵なプレゼントだもの。  あなたは私が初めて贈ったものを憶えてくれているかしら。あれはあなたが十七歳になる年のことだった。私はもう、あなたが好きで好きでどうしようもなかったの。  こうやって思い出してみるとちょっと恥ずかしいわね。ろくにお話しもしたことがなかったのに、我ながら大胆だったと思うけど。そのお陰で今もこうやってあなたのお誕生日をお祝い出来るんだから、あのときの私を褒めてあげなきゃね。  もう随分前のことだからあなたは忘れてしまったかもしれないけれど、私はちゃあんと憶えてる。だって、いちばん最初の特別な贈り物だもの。偶然あなたのお誕生日を知った私は居ても立ってもいられなくて、夜も寝ずにあなたの喜んでくれそうなものを考えたのよ。  その甲斐はあったわよね。私からのプレゼントを開けたときのあなたの顔。それが何よりのお返しだと、今でも贈り物をする度に思うのよ。  あの頃はあなたのことをあんまりよく知らなくて。もしかしたらプレゼントは私の独りよがりな品だったかもしれない。だけどあなたはがっかりした顔なんて少しも見せなかった。なんて優しい人なんだろう、って。私はますますあなたを好きになったんだわ。  物陰に隠れてただこっそりとあなたを想っていた私。だけどそれじゃあ想いなんて伝わらないもの。勇気って大事よね。勇気を出して一歩を踏み出すと、これまで見えなかったものも見えてくる。うふふ。幻滅なんてしないわよ。あなたのことを知る度に、私はどんどんあなたを好きになるの。あなたのことを好きだと思う度に、私は幸せを噛みしめる。幸せな幸せな毎日を、どうもありがとう。  自分でもびっくりするくらい、私はあなたを好きなんだわ。  だからね、あなたが私に内緒で小さな宝飾店に入っていくのを見かけたときには、とても驚いた。あなたは照れたような顔で店員さんに何事かを告げて、ショーケースに並ぶ細くて繊細な指輪を見てる。  なんてことかしら。  鼓動がどんどん速くなっていくのが分かる。どうしよう。信じられない。幸せそうなあなたの笑顔が涙の向こうに掠れていくわ。あなたはそんなことを考えていたのね。そうね。だってもう、出会ってから随分経つんだもの。あなたが選んだ指輪を見届けて、私はそっとショーウィンドウから離れた。  指輪が贈られるのは、お誕生日かしら。それとも、二人が出会った記念日かしら。私は、知らないふりして黙っておけるかしら。ちょっぴり自信がないわ。だって指輪だもの。それって特別な意味よね? こんなに長くあなたを見つめていたのに、私ったら全然心の準備が出来ていなかったの。恥ずかしいわ。  でもそれなら、今年のあなたのお誕生日プレゼントは私も張り切らなきゃ。あなたが今いちばん欲しがっているものを、あげる。今まで勇気が足りなくて尻込みしてたの。でもあなたの気持ちが分かったから、もう迷わない。  初めてあなたにプレゼントを贈ったときみたいに、恐れずに一歩を踏み出すわ。  あなたは喜んでくれるかしら?  思ったよりも手こずって、ちょっと傷がついちゃったの。ごめんなさいね? それに、大きすぎて用意した箱に入らなかったから、あちこちちょっと外しちゃった。蓋を開けてからあなたが組み立ててね。今いちばん好きなものなんだもの。元通りの形がちゃんと分かるでしょ?  あなたは組み立てたときに欠けた部分に気づくかしら。だってそこだけはどうしても許せなかったの。あなたのために完璧な形で贈りたかったけど。あなたの指輪を嵌める薬指は私だけのものだもの。  ねえ。私本当は知ってるの。あなたが私からのプレゼントを毎年捨てちゃってること。蓋を開けて驚いた顔をして、それから気味悪そうにごみ箱に放り込んでたこと。  ねえ。今年もあなたはそうするのかしら?  私知ってたのよ。あなたに恋人がいること。私があなたに恋したあの頃からずっと、あなたの隣にはこの子がいた。それでも構わなかったんだわ。あなたが誰を好きでも。私はそんなところもひっくるめてあなたを愛していたんだもの。  だけどこれは駄目。この子にあなたの指輪を贈って、この子のものになるなんて。そんなことは許さない。あなたの指輪を嵌めていいのは私だけ。ねえ、そうでしょ?  何も知らないふりで近づいてその左手に光る指輪を褒めたら、この子ったら頰を染めてあなたのことを教えてくれたわ。馬鹿みたい。あなたのことなら私の方がうんと知ってるのに。でももう大丈夫よ。煩い口はちゃんと閉じたもの。  ねえ。今年のプレゼントも、いつもみたいにごみ箱に捨てて構わないわ。どうぞあなたからもう要らないって言ってやって。だって気味悪いでしょ?  あなたの指輪とそれを嵌める薬指は私の一部になったから。もう構わないの。
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