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【二】
果たしてそれは……
「あった!」
さながら父親と再会したかのように、胸の奥がじんわりとした。それは机上の真ん中に、ちょこんと鎮座していた。ちょうど、真由子の手の平ほどの大きさのそれは、澄んで明るい金色をまとい、およそ十センチ四方の紫色の座布団にお行儀よく座っている。
「こんなミニ座布団あったっけ?」
不思議に思いながら、座布団ごと両手で杯を持ち上げてみる。ぶわっと埃が舞った。窓から差し込む陽射しで、舞い上がった埃はダイヤモンドダストのようにキラキラと輝く。まるで妖精の粉を頭から浴びたみたいだ、とちょっぴり愉快な気分になる。
もしかして、あの時願いを叶えてくれなかった神様が、今この瞬間に粋な計らいをしてくださったのだろうか?
取りあえず杯を拭こうと左手に持ち変えた時、
ハラリ、と純白のものが机に舞い落ちた。どうやら四つ折りにされたコピー用紙のようだ。ミニ座布団の下に置いてあったのだろうか? ドキリと鼓動が跳ねた。
……まさか……
杯を机の上に置くと、逸る気持ちを抑え、ゆっくりとその紙を開く
『拝啓、真由子へ』
黒いボールペンで書かれた、右上がりに角ばった、癖の強い字。紛れもなく、父親の自筆だった。
*********
拝啓、真由子へ
これを読んでるって事は、父さんはあの世に旅立った、て事だな。テレビドラマみたいに、多額の遺産は遺してやれないけれど、ごめんな。でも借金は皆無だからな。
父さんは、真由子の父親になれて嬉しかったぞ。真由子がいたから、頑張れた。それは、母さんも同じだと思う。まだまだ、母さんは元気でいてくれると思うから。頼むな、母さんの事。まぁ、お前たちは仲良しだから、言われなくても大丈夫だと思うし、母さんが聞いたら怒り出すな、ははははは。
あ、コピー用紙に遺言(?になるのか?)なんか書くなって? 形式ばらない方が気楽に読めるし、ちょっと面白いだろう? 真由子にも母さんにも、沢山笑って楽しく生きて欲しいからな。
あぁそうだ、父さんの部屋の衣装ケースの一番下にな、服を上に乗せてカムフラージュしてあるけど、実はパチンコの教本があるんだ。母さんに内緒で処分してくれるか? 父さんの最後のお願いだ。親孝行すると思って頼むわ。宜しくな。
すごく幸せで、いい人生だった。悔いはないよ。あとは、元気で、幸せに過ごしてくれ、真由子。健康で幸せでいられるように、しっかりと神様にお祈りしておくからな。
それと、今だから言えるけど。旦那、いい男見つけたな、安心だ。ずっと、仲良くな。夫婦元気で!
真由子の父さんより
追伸
ザクロの花言葉、知ってるか?
************
しゃくり上げる真由子の声が響いた。ポトッポトリと、コピー用紙に数滴の水玉模様が織り成す。
「……お父さん、内緒でパチンコに行ってた事、とっくにお母さんにバレてるよ。もう……コピー用紙に書いてこんな事書いて。気付かないで捨てちゃったらどうするの……」
真由子はしゃくり上げつつ、懸命に笑顔を作ろうとする。
「……柘榴の花言葉、知ってるよ。大学に入る時、調べたもの……お父さん……有難う。お父さんの娘で……良かった……」
それ以上は言葉にならなかった。父親が亡くなって以降、初めて声を上げて泣いたのだった。
諸説あれども、柘榴の花言葉は、花と実共に『子孫の守護』という意味であった。
庭の朱の花木が、誇らし気に風に揺れた。
【完】
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