第二話 拝啓、真由子へ

2/2
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
   【二】  果たしてそれは…… 「あった!」  さながら父親と再会したかのように、胸の奥がじんわりとした。それは机上の真ん中に、ちょこんと鎮座していた。ちょうど、真由子の手の平ほどの大きさのそれは、澄んで明るい金色をまとい、およそ十センチ四方の紫色の座布団にお行儀よく座っている。 「こんなミニ座布団あったっけ?」  不思議に思いながら、座布団ごと両手で杯を持ち上げてみる。ぶわっと埃が舞った。窓から差し込む陽射しで、舞い上がった埃はダイヤモンドダストのようにキラキラと輝く。まるで妖精(ティンカーベル)の粉を頭から浴びたみたいだ、とちょっぴり愉快な気分になる。  もしかして、あの時願いを叶えてくれなかった神様が、今この瞬間に粋な計らいをしてくださったのだろうか?  取りあえず杯を拭こうと左手に持ち変えた時、  ハラリ、と純白のものが机に舞い落ちた。どうやら四つ折りにされたコピー用紙のようだ。ミニ座布団の下に置いてあったのだろうか? ドキリと鼓動が跳ねた。  ……まさか……  杯を机の上に置くと、逸る気持ちを抑え、ゆっくりとその紙を開く  『拝啓、真由子へ』  黒いボールペンで書かれた、右上がりに角ばった、癖の強い字。紛れもなく、父親の自筆だった。 *********  拝啓、真由子へ  これを読んでるって事は、父さんはあの世に旅立った、て事だな。テレビドラマみたいに、多額の遺産は遺してやれないけれど、ごめんな。でも借金は皆無だからな。  父さんは、真由子の父親になれて嬉しかったぞ。真由子がいたから、頑張れた。それは、母さんも同じだと思う。まだまだ、母さんは元気でいてくれると思うから。頼むな、母さんの事。まぁ、お前たちは仲良しだから、言われなくても大丈夫だと思うし、母さんが聞いたら怒り出すな、ははははは。  あ、コピー用紙に遺言(?になるのか?)なんか書くなって? 形式ばらない方が気楽に読めるし、ちょっと面白いだろう? 真由子にも母さんにも、沢山笑って楽しく生きて欲しいからな。  あぁそうだ、父さんの部屋の衣装ケースの一番下にな、服を上に乗せてカムフラージュしてあるけど、実はパチンコの教本があるんだ。母さんに内緒で処分してくれるか? 父さんの最後のお願いだ。親孝行すると思って頼むわ。宜しくな。  すごく幸せで、いい人生だった。悔いはないよ。あとは、元気で、幸せに過ごしてくれ、真由子。健康で幸せでいられるように、しっかりと神様にお祈りしておくからな。  それと、今だから言えるけど。旦那、いい男見つけたな、安心だ。ずっと、仲良くな。夫婦元気で!                   真由子の父さんより  追伸  ザクロの花言葉、知ってるか? ************  しゃくり上げる真由子の声が響いた。ポトッポトリと、コピー用紙に数滴の水玉模様が織り成す。 「……お父さん、内緒でパチンコに行ってた事、とっくにお母さんにバレてるよ。もう……コピー用紙に書いてこんな事書いて。気付かないで捨てちゃったらどうするの……」  真由子はしゃくり上げつつ、懸命に笑顔を作ろうとする。 「……柘榴の花言葉、知ってるよ。大学に入る時、調べたもの……お父さん……有難う。お父さんの娘で……良かった……」  それ以上は言葉にならなかった。父親が亡くなって以降、初めて声を上げて泣いたのだった。  諸説あれども、柘榴の花言葉は、花と実共に『子孫の守護』という意味であった。  庭の朱の花木が、誇らし気に風に揺れた。 【完】
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!