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新学期
「あちーな」
「さっき家でたのにもう、着替えてぇ」
今年の残暑は異常で朝も夜も暑いままだし、日中に至っては連日バタバタと病院に人が運ばれているらしい。
普段バカ言い合ってる俺と直登ですら、口を開けば暑い暑い喘ぐくらいで、新学期の豊富やら夏休みの細かな出来事を話す気にもなれない。
俺たちはゾンビみたいにひたすら学校のクーラー目指して歩いていた。
「あいつはこの暑さでもさわやかだな。」
そう言う直登の目線の先には藍斗がいた。
いつも俺たちの登校時間にそんなに狂いはないんだけど、あの様子だときっと俺たちが合流地点にたどり着くのを待っていたのだろう。
でも俺は知ってる。
涼しそうな外見とは裏腹に、きっとこんな猛暑でもあいつは日々肉体改造に燃えているのを。
気づいたのがまず、玄関にいつものスニーカーの他にランニングシューズが常時置かれる様になったこと。
なんとなく探してみたらクローゼットの中にダンベルと青いスポーツマットが丸められているのを見つけた。
極め付けは一緒に映画を見ている時、海外のゴリマッチョな男たちの体をライバルを見るかの様に睨みつけていた。
今もチラチラ直登の腕の筋肉を気にしてる。
同じ男だから筋肉に憧れるのは十分理解できるけど、こっそりやってるみたいだから俺は気が付いてない振りを通してる。
これは藍斗の言う[見合うように]の一部なんだろうか?
俺の細腕よりは十分しっかりしてると思うんだけどな。
選択教科の時間。
「幸ちゃん、一緒にやろーよ」
と戸田が声をかけてきた。
藍斗は書道を選択してるから一緒ではない。
今日は自画像を書く予定だ。
戸田の隣でちゃんと集中できるのか不安だけど、呼ばれたら仕方ない。
「もうまきちゃんの話しはよせよ」って言えば
「あ、まきちゃんとは別れたよ。今はるりちゃん」とあっさり言った。
俺も思わず「夏休み中けんかでもしたのか?」って聞いたもんだから、そこからはずっとまきちゃんとの話を聞くことになってしまった。
美術の先生は穏やかなおじいちゃん先生だから、小声であれば滅多に怒られない。
普段なら長所だけど今日は少し若返ってほしくなる。
結局まきちゃんは前々からネット上の男友達に戸田との事を相談していて、そのうちにその会ったこともないネットの男に夢中になり、いきなり振られてしまったそうだ。
「えっちしてても上の空な感じだったし、俺も『わかったよー』って言って、それで終わり。まぁ、今はるりちゃんがいるし」
授業中にえっちとか普通に言うなよな。
恋愛って案外、自分本意に始まったり終わったりするものなんだろうか。
そしてやっぱり俺の自画像は全然進まなかった。
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