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父
もうすぐ12月になるって頃に藍斗が唐突に
「父さんが幸太郎に会ってみたいらしい」と言ってきた。
父さん?
「明日の三者面談に合わせて今日出張から帰ってくるから会ってもらえるか?」
いつも家には藍斗しかいないから、藍斗の父さんの存在がいつの間にかすっぽり抜けていた。
動揺してる俺は「父さん怒ってる?」と恐る恐る聞いてみたら
「なんで怒るんだよ?はしゃいでたぞ」と藍斗は笑う。
いや、だって俺お前とそういう感じだし。
バレたのかと思うじゃん。
普段落ち着いてる藍斗の言う「はしゃいでる」が俺の思ってる[はしゃぐ]と同じ程度なのかどうかもわからないし…
固まってる俺に「勝手に決めて嫌だったか?」と心配するから
「大丈夫に決まってるだろ」と元気良く返事してみせた。
恋人の父親だし。
それは流石に言えないけど、せめて良い友達の印象残したいよな。
でもいざとなると、学校が終わって藍斗の家に向かう足取りが心なしか重い。
藍斗はいつも通りに見えるけど緊張しないんだろうか?
俺は勝手に藍斗の家庭は複雑なんじゃないだろうかと推測していたんだけど、ごく当たり前の様に紹介するって言ってるのを見ると杞憂だったのかもしれない。
玄関に入って「お邪魔します。」というと
リビングから「はーい」という男性の声が返ってきた。
藍斗以外の返事があるってだけで違和感だな。
「ただいま、父さん。何時に帰って来たんだ?」
出てきた男性は親子だって言われないとすぐにはわからないくらい、垂れ眉でにこにこした優しそうな父さんだった。
でも背格好は似てると思う。
腰の位置の高さなんかはお父さんゆずりだったのか。
お父さんと話してる藍斗の表情も柔らかい。やっぱり仲良いんだな。
お父さんが俺の方へ近づいて来て
「初めまして幸太郎君」
と手を出してきたから、俺も笑顔で初めましてって手を出したらお父さんに両手でがっちりと手を取られて
「会ってみたかったんだ。想像通りの可愛い子だな」と言われた。
雰囲気は落ち着いてるけど、この感じのお父さんならはしゃいでたっていうのももわかる気がする。
「父さん、幸太郎と2人で話したいんだろ。俺は部屋行ってるから終わったら幸太郎を返してくれ」
なに?
「ちゃんと返すから安心しなさい。また後でな」
父さんと俺の2人なの?
あいつあんなけいっつも俺から離れないのに?
こんな時に限って勘弁してくれよ。
「幸太郎君リビングで話そう」
俺はとりあえずお父さんに付いて行って、勧められるままにソファに座る。
2人で話すとなると更に緊張する。
「そんなに硬くならないでくれ。私は2人が付き合っていることも知っているから」
にこにことさらっとそう言ってみせたお父さんに俺は驚いて声も出ない
「藍斗とは毎日30分くらいはテレビ電話で話すから、もうずっと君のことばかりだよ」
想像以上に仲が良いのもそうだし…
まさか藍斗はもう親に話しているとは思わなかった
「お父さんは反対じゃないんですか?その…同性の恋人」
まさかこんなメインのテーマを出だしから話すことになるとは
「そんなことないよ!むしろ感謝してるくらいだ」
「感謝ですか?」
「ああ。妻が亡くなって私はそれを受け入れられなくてね。仕事に没頭してしまったんだ。
いつの間にか藍斗は他人を受け付けなくなってしまっていた。なんでも自分でやってしまうからお世話に来てくれた人も家に上げたがらなかった」
…なんとなく藍斗なら想像できる。
「私も遅すぎたんだろうけど、藍斗を少しでも1人にしない様にと時間を見つけては帰ったんだが、私そのものが必要ないんじゃないかと思うくらいでね。
だからせめて毎日何があったか話が聞ける様に私が藍斗に頼んで電話も始めたんだ」
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