黒塚の鬼婆

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「はあっ、はあっ」    日が傾き始め、空気が次第に冷たくなってきた頃。落ち葉が散らばった道を、私は全速力で走っていた。  一生懸命両腕を振って、ただひたすら。何とかして逃げなくちゃ――あの鬼婆から。  でも、走るのが苦手だ。息がぜえぜえと鳴り、どうしても我慢できなくなって、足を止めてしまった。  肩で息をしながら、膝に手をついた。 「痛っ……」  走っている間は夢中で気にならなかった指先の傷の痛みが、立ち止まると一瞬で蘇ってきた。家でお皿を割ったときにできた傷だ。  私は指先の傷を舐めながら、恐る恐る後ろを見てみた。鬼婆はどこまで迫っているだろうか。  ――いた。すぐそこまで、まさしく鬼の形相で追いかけてきている。 「待てーっ!!」 「このままじゃ追いつかれちゃう……!」  もっと遠くへ逃げなければ。でも、ずっとは走り続けられない。九歳の脚ではどのみちすぐに追いつかれてしまう。どうしよう。 「どこかに隠れよう」  逃げきれないなら逃げなければいい。曲がり角で鬼婆の目を誤魔化して、どこかに隠れればいいんだ。でも、どこへ?  じっくり考えている暇はなかった。こうして考えているうちにも鬼婆はどんどん迫ってきている。このあたりで鬼婆から身を隠せる場所はどこだ。私は酸素不足の頭で必死に考えた。 「そうだ!」  ぴったりの場所が、一つだけあった。  その場所とは、黒塚神社。このあたりの氏神様が祀られている社だ。困ったときの神頼みだ。  私はなけなしの体力を振り絞り、もう一度走り始めると、少し先の曲がり角を曲がった。  
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