女神の大罪

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女神の大罪

 人は私を女神と呼ぶ。それは比喩や例えなどではない。私はこの辺りの山や森の大自然を見守るために生まれた神なのだ。普段は山中の澄んだ池に住んでいる。  昔はこの近辺に住む人々はこの池を訪れ供物を供えたり、畏敬の念をこめて山の麓から願を懸けたりしたものだが、今では私の存在もすっかり忘れ去られてしまっている。  その日、私は池の底から澄み渡る空を眺めつつ、魚たちと会話をしていた。  突然水面が乱れたかと思うと、ゆらゆらと何かが水底に落ちてきた。  それは斧だった。人が、木を切るための道具。  見上げると、池の水際から誰かの顔が見えた。波立つ水面のせいでその表情まではわからないが、恐らくその人がこれを落としたであろうことは推測できた。  きっと困っているに違いない。そう思い斧を手に水の外に出た。  畔には一人の若い男がいた。端正な顔立ちの好青年だ。目を丸め、私のことを見つめている。驚くのも無理はない。今の人々はここに神がいることなど知らないのだから。 「これを落としましたか?」  言いながら斧を差し出した。ところが男は惚けた顔で私の顔を見つめたまま、なにやらぼそぼそと呟いた。私の聞き間違いでなければ、綺麗だ、と言ったようだ。  女神といえど、そう言われて嬉しくないはずはないが、独り言のようなものに反応するわけにもいかない。私の聞き間違いという可能性もある。だから聞こえないふりをしていると、今度ははっきりと、 「美しい」  男の声が私の耳に届いた。 「ありがとう」  冷静にそう応じてから、再び斧を差し出した。 「これ、あなたが落としたものではないですか?」 「あ。そうです。俺の斧です」  笑顔で男はこちらに手を伸ばす。  斧を掴もうとしたその指先が、私の指先に触れた。  その瞬間、これまで覚えたことのない感情が私の体内を駆け巡った。  思わずその手を引き寄せたい衝動に駆られた。  でも私は女神。そして相手は人間だ。許されることではない。  慌てて手を離すと、男は名残惜しそうに、斧を持つ手を引っ込めた。 「ありがとうございます」  男の言葉に黙って微笑んで見せてから、私は池の中へと姿を隠した。  青空に、一つ二つと雲が浮かぶ。水面に寝そべりながらそれをぼんやりと眺めた。ただの白い雲なのに、どことなく誰かの顔に見えてしまう。  落ち葉を踏む音に気がついた。高鳴る胸を抑えつつ立ち上がりそちらを振り向くと、昨日の男が立っていた。
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