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私を見て破顔した彼は、よかったと言って岸辺に腰を下ろすと、そのままこちらを見つめている。
彼は自分の言葉の意味を説明しようとしなかった。だからこちらから訊ねた。
「何がよかったのですか?」
「またあなたに逢えたから」
そのストレートな言葉が私の心を揺さぶった。嬉しくて恥ずかしくて、言い返す言葉が思いつかない。
そんな私に気づく素振りも見せず、彼は真面目な顔で手にしていた斧を見せる。
「逢えなかったらほら、また斧を落としてやれと思ってこうして持ってきたんですよ」
「それ、大切なものじゃないんですか?」
「そうですね。仕事道具ですから」
「だったら、もし私がいなかったらその斧は池の底に沈んだままになっちゃいますよ。仕事ができなくなるじゃないですか」
「あ、そうか……。そこまで考えてなかった……」
愕然とする彼の顔が面白くて、思わず吹きだしてしまった。それを見て彼も大笑いする。
しばらく見詰め合ってから、彼が口を開いた。
「こっちに、来られませんか?」
「どうして?」
「もっと話をしたいから。なんなら、俺がそっちへ行きましょうか?」
彼がこちらに来ることは不可能だ。人間を神の領域に入れてはならないのだ。ならば私が行くべきだろう。
水面を歩き、池の畔まで進むと、彼の隣に腰を下ろした。
彼の名はシンジ。友達と二人、今でも斧で木を切ることにこだわって木こりという仕事を続けているそうだ。きっと、その職業に誇りを持っているのだろう。
シンジは毎日のように池を訪れた。私もそれを待ち望んでいた。
何度目の逢瀬だっただろう。私とシンジは、神と人との垣根を越えて結ばれた。それは決して許されることではなかった。少なくとも女神である私の身には、それなりの報いが降りかかるだろう。
思えばその頃から、シンジの態度に変化が現れた。
出会った頃は私のことを神として敬う姿勢も見られたが、今では時に横柄な態度も見せる。でも、それくらいのことは許せてしまう。私は彼を愛してしまったのだから。
「なあ」
私の膝枕から彼が見上げる。
「お前、なんだか老けたよな」
どきりとした。それが訪れたことは自覚していたが、彼に悟られるほどにまでなっていたとは。
曖昧に肯いた私に、シンジは怪訝な眼差しを向ける。
「神様も年をとるのか?」
「神々は年をとらないわ。普通ならね」
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