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「じゃあどうしてお前は老けたんだよ」
彼は起き上がると正面から私を見据えた。
怒気をはらんだその目にたまらず視線を逸らせてから、
「人と交わると、神々は永遠の若さを失うの。それまで老化をせき止めていた分、老いる速度は人よりも早くなるわ」
「つまり、お前は俺と寝たから、老け始めたのか?」
「そうよ」
「おまけに、俺よりも早く老けていくってことか?」
「そうね」
「そうなんだ……」
不意に彼は立ち上がると、
「俺、ちょっと用を思い出したから帰るわ」
立ち去る彼の後姿を見て不安に駆られる。もう逢えないのではないかと。
私の取り越し苦労だったようだ。
彼はいつものようにやって来て、池の畔で私を抱いた。
二人して果てたあと、彼は私の顔を覗き込むようにして言った。
「なあ、年を食ってもお前は女神なんだよな?」
「そうよ」
「だったらお願いがあるんだけど」
彼のために、叶えられる願いなら何でも聞いてあげよう。そう思った。
「言ってみて」
「女神といえば、金の斧、銀の斧、だろ?」
イソップ童話に出てくる女神の話だ。確かにああいう女神もいることはいる。でも、私は違う。金の斧も銀の斧も持ち合わせていない。そんなことを思いつつ、
「そうね」
「それ、持ってないの?俺見たいんだけど」
「持ってるけど、今は手元にないの」
咄嗟に嘘をついた。彼の期待を裏切りたくない一心で。
「だったら、いつならいい?」
「そうね。一週間くらい待って。それくらいあれば持って来られると思うから」
「オッケー。じゃあ、一週間後な」
そそくさと立ち上がり、彼は去っていった。
「おっ!すげえじゃん、これ」
喜色満面のシンジは、両手に持った金の斧と銀の斧を、ぴっかぴかだなぁと言いながら見入っている。
あれから私はどれだけ苦労したことか。神々の伝を頼り、下げたくない相手にも頭を下げ、屈辱的な思いをしながらもなんとか二本の斧を手に入れた。彼のその表情を見ていれば、そんな疲れも吹き飛ぶというものだ。
彼は斧を抱くようにしながら、
「なあ。これ、ちょっと貸してくんない?」
「え?どうして?それ、あなたの仕事には使えないわよ」
「違う違う。ほら、前に言ったことあるだろ。友達にも木こりをしている奴がいるって。そいつに見せてやりたいんだよ。これを」
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