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【 最終話: 満月の中の零戦 】
『ギュッ!』
「そうだ!! そのまま、僕の手をしっかりと握ってて!! うおぉぉぉーーーーっ!!」
彼は、力の限り私の左手を持ち上げた。
私も、彼の手を強く握り返していた。
本当は、死にたくない……。
「うおぉぉぉーーーーっ!!」
『ザザザザ……、ガシャガシャッ!!』
私は、見知らぬ日本人に、助けられた……。
あの時の、『零戦』が墜落した時の、曾お爺ちゃんのように……。
「はぁはぁはぁはぁ、だ、大丈夫……? はぁはぁはぁ……」
「う、うん……」
「もうこんなことよそう……、はぁはぁはぁ……」
「ご、ごめんなさい……」
私は、金網を越えると、ビルの屋上の安全な場所で、力なくしゃがみ込んだ。
「どうして、こんな自殺しようなんて思ったの……?」
「私、日本にどうしても馴染めなくて……」
「そりゃあ、君の国に比べたらそうかもしれない……。でも、日本にもいいところはいっぱいあるし、いい人もいっぱいいる」
私は、その彼の言った言葉に『ハッ』とした……。
「君みたいに美しい人が亡くなるなんて、僕は決して望まないよ」
「う、美しい……」
「ああ、君は綺麗だ。僕はそんな君が死ぬなんてことを見過ごすわけにはいかない」
「私の肌は、あなたほど白くないよ……」
「何を言ってるんだ。肌の色なんて、そんなの関係ないよ。だから、死ぬなんて言わないで」
私は、彼の言葉に一瞬、時が止まったように感じた。
流れている涙も、その時だけは動きを止めているようだった。
彼はやさしく、その頬の涙を親指で拭うと、温かな大きな手の平で、私の頬を包み込んでくれた……。
「あ、ありがとう……」
「もう、死ぬなんて言わないでね」
「う、うん……」
私は、自然と彼の胸に吸い寄せられるように、ゆっくりと体を預けた。
そして、彼の背中に腕をまわして、彼の服をギュッと握り締め、再び流れ出す涙を止めることが出来なかった……。
「名前は何て言うの?」
「私は、『サクラ』」
「『サクラ』さんか。日本らしい名前だね」
「うん。曾お爺ちゃんが日本人なの」
「そうなんだ。だからか……」
「えっ……?」
私は、彼の言った言葉が不思議だった……。
「何故か、君の瞳の中に、日本人と同じようなものを感じたから」
「そうなの……?」
「ああ、君の瞳に映る綺麗な満月が、そう感じさせてくれた」
私は、もう一度、彼に強く抱き付いて、涙を流しながら笑顔になっていた。
「僕の名前は、『零』」
「えっ? 『零』さん……?」
「うん、そうだけど、何かおかしかった?」
私は、初めて彼の前で大きな笑顔を作った。
「ううん、何でもない……。零さん……、ありがとう……」
――きっと、これは、曾お爺ちゃんが繋いでくれた縁だと思う。
天国から、私にプレゼントしてくれたんだと思う。
私たちは、ふたり向き合い、笑っていた……。
ふと、再び空を見上げると、綺麗な満月の中に、曾爺ちゃんの乗るあの『零戦』が、一瞬、飛んでいるように見えた……。
その満月の月明かりは、2つの影を、やがて1つにして、私たちをやさしくいつまでも照らし続けていた……。
「曾お爺ちゃん、ありがとう……」
『ブゥルルルルゥーーーーン…………』
END
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