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【 第七話: 東京 】
タマラは、ワシの動かした『零戦』を見つめながら、あの満月の夜のことを話してくれた。
偶然、海岸を歩いていたら、ワシの乗った『零戦』が満月に照らされ、こちらに飛んできたという。
タマラは、その満月の中の『零戦』を見て、月から大きな鳥が落ちてきたと思ったそうじゃ。
そして、その『零戦』の堕ちていった場所に向かい、ワシに会い、助けてくれたそうじゃ。
その満月の中の『零戦』の光景を彼女は、生涯忘れることができないと言っておった……。
――そして……。
『ヒュ~ッ……、ヒュ~ッ……』
今、私は東京のビルの屋上にいる……。
もう既に、金網のフェンスを超え、あと一歩踏み出せば、命を終えることができる……。
私は、曾お爺ちゃんの祖国、日本へ12年前にやってきた。
その頃の私は、希望に溢れていた。
お爺ちゃんやお父さんから伝え聞いていた、曾お爺ちゃんの祖国に憧れていたんだ……。
でも、現実は違っていた……。
肌の色や言葉の壁、文化の違いなどがあり、私はなかなかこの国に馴染めなかった。
あんなに憧れていた、曾お爺ちゃんの祖国だったのに……。
下では、車のクラクションやパトカーのサイレンの音がけたたましく鳴り響いている。
そこから、見えた景色は、今の私にとって、決して美しいものじゃない。
冷たい夜風が、私の長くなった栗色の髪と、曾お爺ちゃんの祖国で買った、このローズピンクのスカートをフワフワと揺らしていた。
私はこれから、曾お爺ちゃんのところへ逝く……。
私は曾お爺ちゃんの祖国へ来たことを後悔していたんだ……。
ここから、大きな満月を見ていたら、お爺ちゃんやお父さんから伝え聞いた、曾お爺ちゃんのあのお話を思い出したんだ……。
『ヒュ~ッ……、ヒュ~ッ……』
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