【 第八話: 現実 】

1/1
前へ
/11ページ
次へ

【 第八話: 現実 】

 曾お爺ちゃんの祖国、日本は私に冷たかった……。  私の祖国で、曾お爺ちゃんは、やさしくしてもらったのに……。  私は、涙が止まらなかった。  悔しさもある……。  見た目が違うだけで、こんなにも冷たいなんて……。  私の曾お祖母ちゃんのタマラは、見たこともない日本人に、あんなにやさしくしてあげてたのに……。  冷たい夜風が、私の瞳から零れ落ちる涙を頬から引き剥がした。  それは、冷たいビルの下の喧騒(けんそう)の中に消えていった。  満月だけが、私のまだ存在する影をビルの屋上へと落としていた 「ここから、飛んだら、逝けるんだよね……。曾お爺ちゃんのところへ……」  私は、気持ちがスッと楽になり、目を閉じると、自然と足が前に出ていた。  そして、自分の体重が、重力と共に、ビルの下へと落ちる感覚を持った。 「(これで、終わる……。何もかも……。神様、お願いだからもう、私をこのまま楽にさせて下さい……)」 『ガシッ!!』 「危ない!! どうして!!」  その時、私は天国にいる若い頃の曾お爺ちゃんの声が聞こえたような気がした……。  その瞬間、現実に戻った。 「きゃーっ!! い、痛いっ!!」 「どうしてこんなことをするんだ君は!!」  私の左手首を握り締める男性がそこにいた。  彼は、金網を左手で掴み、右手で私の左手首を持っていた。 「君はまだ若いじゃないか!! 何故死ななきゃならないんだ!!」 「ほっといて! 私はもう死にたいの!」 「何故だ!! 君はここで死んじゃいけないんだ!! さあ、僕の手をしっかりと握るんだ!!」 「もういいの! 私なんてここで生きていく資格なんてないの!」 「どうしてだ!! 君はまだ若い!! まだ君にも何かできるはずだ!!」 「私なんて、何もできない……」 「勇気を持つんだ!! さあ、僕の手をしっかり握って!!」  私は、彼の目を見た。  彼の瞳の中に、満月の光が見えた。  そして、その満月の中に、あの曾お爺ちゃんが乗った『零戦』が飛んでいるのが見えたんだ……。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加