『神様、お願い』

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「明日は隕石が降るな」 呟く私は駅へ向かっていた。 時刻は夕方。もうすぐ日が沈むだろうが、時計が差す時刻は何時もならばまだまだ社屋のデスクにかじりついている頃だ。 何故こんな時間に外を出歩く奇跡が実現しているのかというと、早退したからである。上司の手土産を買いに行かされている訳では断じてない。正真正銘の早退だ。 デスクで仕事と乱闘している私に上司が近付いて来て、開口一番帰れと言い出した。すわクビか、と戦いたが、早退しろと本気で言われていると気付き、別の意味で戦慄した。あの、クソ上…いや上司が。 私が震えていると、自分の体調くらい自分でコントロールしろ、と言われ、私はその震えが天変地異への怯えではなく、体調不良からくる悪寒だとやっと気付いた。 「あ、社員証忘れた」 いつも首から提げているネックストラップがない。デスクに忘れてしまったようだ。 うーん、と唸り、取りに戻るべきか悩む。 上司から、財布を忘れてもこれだけは忘れるなと厳命されている。あれ、未だに何故なのか謎だ。財布を忘れた方がどう考えても緊急事態なんだけど。 悩む私の脇を「おかあさん」と言いながら小さな子どもが駆けていく。母親らしき女性に辿り着き、嬉しそうに笑っている姿を見て頬が緩む。夕方のこの時間は夕飯の買い出しをしている親子連れも多いのだ。 和む光景を見ていると、悩んでいた事が至極どうでもよくなった。 まあいいや、明日バレないように回収しよう。と、鞄から定期を出して----、 何食わぬ顔で”そこ“を通り過ぎた。 私が通り過ぎた電柱の下には、意味のない喃語を垂れ流して突っ立っている人影があった。 私が通る前にも幾人の人間がその電柱の側を歩いていたが、誰ひとりとして気付かなかった。 答えは単純。ただ単にみえていないから。 私はどうにもみえやすくていけない。 とにかく、ああいう手合いは放っておくのが一番だ。みえていませんよ、という振りをしていれば何もしてこない。まさに触らぬ神に祟りなし。
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