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「いたた…」
ツキン、と頭に痛みが走ってこめかみを押さえる。
どういうわけか体調が悪くなると殊更にみえやすくなる。忘れ物は取りに戻らないでやっぱりとっとと帰った方がいいな、うん。
おとなしく帰って、軽くメシ食べて、お腹がこなれたら、日頃の睡眠不足解消も兼ねてもう寝よう。
とか考えながら駅の改札を抜けようとして、ふと視界の端に映ったものに顔をあげた。
…あげてしまった。
改札から見える向かいのホームに誰か立っている。
厭な予感がした。さっきの電柱の影よりも、よほど。
見るな見るな見るな---…
何度己に言い聞かせても、糸で引っ張られるように視線が勝手に向かう。目が動くのを止められない。
焦点が合う。
火花が散るように目が合った。
あちらの目に私が写って、血の気の失せた口がくっと持ち上がったのが見えた瞬間、ぞっと背筋が粟立った。
慌てて踵を返す。今まさに抜けようとしていた改札に背を向けた。
悠長にホームで電車待ちなんてしていられない。
やばい。
はっきりとわかった。今のは見てはいけないものだった。
あちらとこちらが住む世界を繋げるな。
かつて言われた忠告が鉛のようにみぞおちに沈み込む。それを後悔とか焦燥とか呼ぶんだろう。
とにかく今は一刻も早く逃げるのが最優先だ。
人混みを掻い潜り、私は急いで駅から離れた。
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