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卯月しぐれは、ウェディングプランナーになって良かったと思っている。
特に今日のような、時間外にかけてくる相談という名のグチに対応している時とか。
自分の人生が結婚式を境にがらりと変わるという実感。
不安に震える声を受け止めて、卯月は電話口から零れる声音に辛抱強く、優しく頷くのだ。
――大丈夫だよ。と。
「プランナーさん、主人が今更、結婚式を挙げることに反対するんです。そんなの金の無駄だと、せっかく相手に娘を高値で売るのだから、無駄なことをしたくないって言いだしたんです」
「まぁ、それで。奥様は?」
結婚式を目前に、身内の誰かが難色を示す。
いつものことだ。
「私は反対しましたよ。好きであの子を手放すんじゃありません。だから、せめて素敵な結婚式だけは挙げさせたいと願うのは私のわがままでしょうか? 親戚中まで口をそろえて、金の無駄だっていうんです。ひどいと思いませんかっ!」
「……確かに、一方的すぎですね。奥様がどれほど、娘さんに対して愛情をかけてきたか理解できないのでしょう。新郎のご家族はなんと?」
「あちらの家は、結婚式の内容も私の言葉にも耳を傾けてくれて、費用も半分出してくれるっていうんです。だから余計に悔しいんです。家格の違いを見せつけられているようで。今回のご縁なんて、あちらのご子息が娘を一目で気に入ってくれたから成立したからで、もともと住んでいる世界が違うんです。もし、あちらの気に障るようなことがあったら、娘はあっさり捨てられるのではないかと不安で不安で」
「そうですか、心中お察しします。ですが、今生のわかれではございません。結婚式を挙げても、親子の縁が切れるはずないでしょう。心配ならば娘さんに、これからも会いに行けばいいじゃありませんか」
「えぇ、そのつもりです。娘は今、自分になにが起きているのか正確に理解できていません。新郎の熱烈な好意に対して、なにも疑うことなく素直に受け止めている姿がとても哀れなんです。良い子なんです。本当に本当に良い子なんです。素直で努力家で、私の期待に何度も答えてくれる自慢の娘なんです。だから幸せになって欲しいんです。ただの子孫を生む道具として送り出すつもりなんてなかったのに――」
「……奥様」
「話していて、頭がすっきりしました。当日はよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
不安を吐き出して自己完結する相手に卯月は微笑む。
なぜなら、答えはとうに出ているのだから。
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