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一過
ようやく寝室に引っ込むと、螢は黙ったままベッドに行って布団に潜り込んだ。
こっちに背を向けてる螢の黒い頭だけが覗いてる。
眠いからそうしたんじゃないのは明らかで、むしろ気が立って眠れないくらいになってるに違いなくて……
「……眠れる?」
ベッドの端に腰かけて、ぽつりと訊いたけど螢は黙ってる。明日からまたしばらく逢えないって言ってたから残念だけど、仕方ない。俺は聞こえないようにため息をついて「おやすみ」と立ち上がった。
その途端に螢が「どこ行くんだよ」と振り返った。ただ電気を消そうと思っただけだった俺はびっくりして、手を伸ばして取った電気のリモコンを螢に見せた。
バツの悪そうな顔を見ないであげられるようにすぐに電気を消して、するりと螢の横に入り込む。
月が明るいのかカーテンがぼんやりと明るくて、電気を消した室内は真っ暗にはならなかった。
ほのかに伝わってくる螢の体温。このままでいい。このまま……変わらないで欲しい。それだけでいいのに。
ふと螢が身じろいで「理人……」と呼んで……それが思ったより声が出てなかったのか、ウウン、と咳払いをして寝返り、俺と並んで上を向いた。
「何?」
顔をそっちに向けると、際立った輪郭の横顔が目に入る。濃いまつ毛が伏せられて、瞬きをするたび影が動く。
何かを言いかけて唇が微かに開き、一呼吸待って……ごめん、と低く掠れた声で言った。
「なんか……ゴタゴタした。お前の従兄弟なのに」
「いや……こっちこそ。変なのに巻き込んじゃって申し訳ない」
「腹立ったけど……マジムカついたけどさ、嫌いじゃないんだ。純粋にムカついただけ」
「2回言ったね」
思わずふっと吹き出した。この人のこういう所が本当に好きだと思って。何事も宙ぶらりんにしておかないんだよね。それは生きてく上では大変じゃないかと思うけど、外見以上に、この人を綺麗だと思う瞬間だ。
螢は半身を捻って伸しかかってくると、詫びに合わせたような優しいキスをした。
闇にぼやけた顔ははっきり見えないけど、また一緒に暮らしたいって話を今蒸し返すんじゃないかってドキドキしてた。
でもようやく厄は出尽くしたらしい。願いは天に届いて、螢はおやすみ、と元の体勢に戻った。
あぁどうか、このままで。
禅が出てく日まで変わらぬ明日が来ますように。
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