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昼休みになるとすぐ、弁当を持った石田と下田がこちらへ駆けてきた。
「...黒井君、」
「お?なんだよ、どうし...えっ?」
2人の方を見て返事をした次の瞬間、俺は2人に腕を掴まれ、抵抗する間もなく体育館裏へズルズルと引きずられて行った。
「なになになに?ど、どうしたの?」
「黒井君。あの、さっきの...朝の話、なんだけどね?」
石田はそこまで言うと、急にキョロキョロし始めた。そして小声で「驚かないでね?」と呟き、俺の腕から手を離した。
「え、何?何か変な話なの??」
「変っていうか、あんまり言っちゃいけないっていうか...とにかく、驚かないで聞いてね?」
心配そうな顔をして見つめてくる石田に頷くと、石田は俺の耳に顔を寄せた。どうやら、余程の話らしい...。
「じ、実はね......」
「謹慎処分!?」
「わっ!黒井君!声が大きい!!」
「なんで耳を塞ぐ!口を塞げ口を!!」
石田からの言葉に驚いて叫ぶと、下田に耳を塞がれた。なんで俺の耳を塞ぐ。俺は耳で話してねぇぞ。
「きっ、謹慎処分って...なんで?何があったの?」
「それが、僕たちもよく分からないんだ。先生も詳しく教えてくれないし...... 。でも、暴走族やってるって聞いたから...もしかしたらそれ関係の話かも知れない」
「ぼ、暴走族??」
今時、そんなものがいるのか。俺は笑っていいのか驚いていいのか分からず、裏返った変な声が出た。
「とっ、とにかく危ない人なんだ。だから黒井君。もし彼の謹慎処分が終わって学校に来ても、あんまり関わり合いにならない方がいいよ?」
「う、うん...分かったよ。ありがと」
こんな田舎にそんな凶暴な奴がいるとは...。
俺は筋骨隆々な極悪非道人を想像して、1人で身震いした。
そして迎えた放課後。俺は鞄を抱えて駆け寄ってきた石田たちと共に帰路についた。
「へぇ〜、黒井君の家って転勤族なんだ」
「そ。だから、ここにもいつまでいるか分からねぇんだ」
偶然にも、2人とは家の方向が一緒らしい。他愛もない雑談や自分の話をしながら、長いようで短い帰路を歩く。石田も下田も、引っ越してきたばかりの俺に分け隔てなく接してくれる優しい奴で良かった。
(...そういえば、あいつらもそうだったな)
東京で出会った、マサタカとフミヤ。あの2人も、転校初日から気さくに話しかけてきてくれたっけ...。
「...元気かなぁ、あいつら」
「ん?何?何か言った??」
「えっ?あ、いや、なんでもない...ただの独り言」
へへ、と笑ってごまかすと、2人は「なぁんだそうなんだ!」とあっさり納得して笑った。
しばらく歩いていると、一軒のコンビニが見えた。「こんな田舎にもコンビニはあるんだなぁ」と感心していると、石田が「あ」と声を上げた。
「僕、コンビニで買いたいものがあるんだ。ちょっと寄っていかない?」
「お、いいね。黒井君も来るよね?」
「え?いいの?」
「いいって。友達でしょ?」
ニッコリと下田が笑うと、出っ歯が更に前に出た。その顔がリスにそっくりで、俺は「あぁ、リスだぁ」と語彙力のない事を思った。
「コンビニ限定のポテチが食べたくってさ。コーラとの相性が良くって美味しいの」
そんな事を言いながら俺たちの前を歩く石田は、前を見ていない。後ろを歩く俺たちの方を見ながら、嬉しそうに話している。
「2人も試してみてよ。ほんとに美味しいか...わっ!」
「あ"っ、」
何も言っていないが、言わんこっちゃない。後ろを見て歩く石田が、コンビニから出てきた人とぶつかってしまった。
「す、すみません!大丈夫で...ぅわあっ!し、白井君!?」
謝りながら顔を上げた石田が、怯えた様子で後ずさった。それを見た下田は「えぇ!?」と驚き、ずれた眼鏡を直しながら「本当だ......」と顔色を悪くした。
「え?何?あいつなんなの?」
「......さっき話した、謹慎中のクラスメイトだよ」
「え?あいつが??」
という事は、あいつが隣の席に?そう思うと何だかワクワクして、俺は謹慎処分中のクラスメイトと話す石田の姿をジッと見つめた。
「...ンだよ石田。そんなビビんなよ」
「ご!ごめんなさい!あの、その、わ、わざとじゃなくって...!」
「......だから、ビビんなって言ってんだろ」
怯えた様子でひたすら謝罪を繰り返す石田に、白井と呼ばれた男は困ったような顔をした。派手な色合いのジャージに、自分で色を抜いたんだろう傷んだ金髪。目が合ったら殺されそうな鋭い目つきを見て、俺は「あー、田舎のヤンキーだぁ」と心の中で笑った。
「おい颯翔。何してんだよどけよ。邪魔」
「あぁ、すみません...」
言いながら金髪の後ろから現れたのは、緑色の髪をした背の高い男だった。その横には熊のような大柄の男もいて、俺は「おぉ...」と息を呑んだ。
「入口で止まったら迷惑だろ。おら行くぞ」
「ぃでっ、」
熊のような男に背中を叩かれた金髪が石田を避けてコンビニを出ると、緑頭と熊男も一緒にコンビニから出た。すれ違う時に香ったキツイ香水の香りに思わず噎せそうになりながら、俺は3人の背中を見送った。
「......?」
「っ、」
別に何を言ったわけでもないというのに、突然、金髪が立ち止まって振り返った。目が合った瞬間「あ、終わった」と思い、体が硬直する。そんな俺をジッと見ながら、金髪がゆっくりと口を開いた。
「...俺ら、どっかで会った事ねぇか?」
「人違いです」
聞きようによってはロマンチックなその言葉も、この場合はただ怖いだけである。間髪入れずに言い返すと、金髪は「ふぅ~ん」と低い声で唸るように返事をして、再び歩き出した。
(なんだよアイツ...なんか色んな意味でこえぇよ......)
派手に改造されたバイク......ではなく原付に乗って去って行く3人を見て、俺はまた小さく身震いをした。
『...俺ら、どっかで会った事ねぇか?』
そう言われた理由を知るのは、まだまだ先の事である。
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