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「なにもないにも程がある」
家から少し歩いたところに広がる海を見て、俺は少し大きな声でそう言った。アパート周辺にあるのはホームセンターとスーパー、それからガソリンスタンドと公園である。一体、何をどうしたらいいと言うのか。
(こんなヒマなのは中学生の時以来だ......)
中学生の頃、1度だけ豪雪地帯に引っ越した事がある。あの頃はとにかく雪が邪魔で何もできず、結局友達もできないまま次の場所に引っ越した。このクソ田舎でも同じことになりそうな予感がして、俺は体が重たくなるのを感じた。
(まぁ別にいいけどさ?友達欲しいとか思ってないけどさ??)
それでもやはり、1人というのは寂しいものである。俺は虚しくなって、大して綺麗でもない海を後にした。
「明日から学校だけど...もう準備はしてある?」
「うん、まぁ......一応ね」
静かな気持ちで迎えた夜。部屋に来た母ちゃんの言葉に、俺は素っ気ない返事をした。父親は「明日は朝一に行って元気に挨拶しないとな!」と言って、既に寝てしまっている。俺もやる事がないので寝たいのだが、母ちゃんが来てしまったので仕方がない。少しだけ起きている事にした。
「......真守」
「ん?なに?」
「.........ごめんね」
母ちゃんの震える声に、俺は「まだ気にしてるの?」と言いかけてやめた。
あれは、俺がまだ小学生の頃。1度だけ転勤を嫌がって大泣きをして、家出をした事がある。
『こんな家やだ!おれ、もう他の家の子になる!!』
そう言って家を飛び出した俺の事を、母ちゃんはまだ引きずっているらしい。確かにそんな事を言って家出した俺が悪いが、俺ももう高校生である。「そういう家庭に生まれたのだから仕方ない」と割り切っているので、心配する必要はない。
「...もう寝なよ。明日も早いしさ?」
「......そうね。おやすみ...」
「ん、おやすみ...」
ドアが静かに閉まるのを見届けて、俺は埃臭い布団にくるまって目を閉じた。
...あの日、何故あんなに転勤を嫌がったのか。
その答えがこの町にある事を、この時の俺はまだ知らなかった。
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