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   そもそも常磐家は、江戸時代からずっと和菓子屋を営んでいるという、由緒正しい家系だ。  だが、次男坊で跡継ぎの必要もなかった依彦の父は、洋菓子職人の道を選んでケーキ屋を開業。そして、昨年ついに単身フランスへ渡り、念願だったパリに店を構えたほど、腕のいいショコラティエをしている。  そんな父に、パティシエールの母と姉という、まさに洋菓子のサラブレッドでありながら──依彦には、チョコレートに対する愛は、さらさらないらしい。  ──まったく、何てもったいない話だろう。こういうのを“宝の持ち腐れ”って言うんだな、きっと。  マカダミアトリュフの箱を開け、ひとつ摘まむ。  「あー…おじさんの作るラムレーズンのトリュフ食いたい…。ミルクたっぷりのカフェショコラが飲みたい…」  昔はよく、新作や試作品を味見させてもらった。あの、感動的な美味さを思い出し、オレは無関心そうな依彦に声をかける。  「なあ、ヨリには、そういうのないわけ? 生チョコ食いたいなー、とか」  少しは父親の味が恋しくないのかと思いながら訊ね、オレは近くにあった新刊の漫画に手を伸ばす。  “ラーメン探偵・面間鳴斗”  「………」  頭の中に、メンマとナルトがのったラーメンが浮かぶ。  ──おい、どういうチョイスなんだ、ヨリ。  確かに依彦の好物はラーメンだけど…と思いながら、キテレツなタイトルの漫画を、パラパラとめくる。  …おっ、意外と面白いじゃん、これ。
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