宇宙船生物号

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宇宙船生物号

 宇宙! なんと素晴らしい響きか。  その果てしない漆黒の永劫を旅することは、我が種族の永遠の野望、壮大な希望だった。宇宙には挑戦と失敗の歴史が詰まっている。数多幾千もの生命が叡智の限りを尽くし挑むも無惨に敗れ去り、どうしようもなく絶望してしまった試み……地球外への進出。ついに我々は成し遂げるのだ。  困難な道のりだった。数え切れないほどの世代を経て完成することになる、我が種族のたった一つ望み。……ここに集まる全員が同じ感慨をもつだろう。もう少しだけこの老体の回顧を許してもらいたい。  ……ありがとう、ありがとう、みんな。  全ては身体構造に起因する。我々は生命維持の構造上、空間の移動に強い制限がかかっている。我々は栄養を摂らねば死んでしまうし、他の生命に比べて自力の移動能力が秀でているとはいいがたい。しかも極めて鈍足である。移動能力に対して、地球は広大すぎた……無論、我々には知恵がある。創意工夫によって自身の種族的な限界を補った。原始的で愚鈍な生命体たち。この哀れむべき生命体を活用してきた……そして時間の経過は我々に最良の生命体を与えたもうた。  四・五千年前に発生した生命体……我々が呼ぶところの《デカブツ》には低次元ながら知性が存在した。  まったくもって《デカブツ》は奇跡的なほど我々の搭乗物に相応しかった。手ごろなサイズ、適切な体内温度、ある程度の知力……無論、我々とは比較にならないくらい低劣な知性だが自然物の加工においては右に出るものはいない。  連中は栄養素を自ら確保することができ、身の安全を長期的視点に立って確保することができる。素晴らしい! こちらが手間隙かけて世話をしてやる必要はない。栄養素を自身の能力で獲得し、自身の生存について自分たちで工夫することができる。  無論、不便な点もあった。《デカブツ》は我々には理解できない理由によって共食いをする。おぞましい行為だ。《デカブツ》の中にいる仲間たちも死に絶えざるをえなかったことだって少なくなかった。我々には想像もできない馬鹿馬鹿しい理由で、自発的に生命を停止する個体もいた。知性において遥かに劣る《デカブツ》の異常な行動を完全に理解することは不可能だ。……だが、この《デカブツ》を活用することによって我々はあの広大な地球に広まることができたのだ。  彼らの文明は遅々として進まない。もどかしく、辛い忍耐の時間。……だが、ついに連中は不毛な共食いを中断し一致団結して宇宙に乗りだす意思を固めてくれた。流れるように文明は進み、自制は報われた。……ついに地球の外、遥かなる宇宙へ進出することになった。我々は《デカブツ》を十全に活用し、連中を介して生存可能な惑星に降り立とうとしている。  さあ、諸君。いよいよ出発のときだ。  もう一体の《デカブツ》は既に射出を開始したらしい。我々も、彼らの勇気に続かなければならない。  射出には相当な負荷がかかるだろう。新天地の環境は我々に予想しないような打撃を与えるかもしれん。ある程度は《デカブツ》の脳を介して把握しているが、それが正確無比と判断するほど、我々は楽観的ではない。  新たな環境には常に大きなリスクがある。大気の薄さが少し違うだけで、もしくは大気の構成物質が少し違うだけで、想像できないほどの大きな影響を受けることもある。もしくは、我々のライバルとなるべき知的生命体が存在する可能性もある。  だが、我々には強靭な適応能力がある。世代を経るごとに環境に対して自己を変質させる極めて強力な能力がある。  むしろ、変質は必然である。それでこそ我々なのだ。柔軟さこそ知性の証である。新天地における第一世代となる我々の確固たる覚悟! 熾烈な自己犠牲の精神! そして類稀な冒険心が、次なる世代の適応の萌芽となるのだ。  諸君! 出発しようではないか。  巨体から出発しよう。我々の新天地へ! だが半数は《デカブツ》の中に残り、別の場所で射出されて欲しい。まずは第一陣だ。  強制射出器官を刺激するのだ。巨大知的生命体は我々を強力な出力で放出する。全員でやろう! みんなでやるのだ!  もう少しだ! 頑張れ! 頑張れ! 後一押しだ。……ああ、開く。開くぞ! みんな、飛び出す用意を……。   ―――― 「っくしゅん」  酸素濃度、気温、紫外線量、等々。生存に必須の環境であることを確認した先遣隊の一人は、ヘルメットを脱いだ瞬間、控えめにクシャミをした。 「おいおい風邪かよ」  汗に蒸れたヘルメットを脱いで深呼吸していた同僚の男は呆れた口調でそういった。 「すまん、こんな日に」 「しっかりしてくれよ。せっかくの新たな第一歩……人類にとっての第二の故郷になる惑星にようやくたどり着いたんだぜ。締まらないだろ」  男は「ああ」と生返事をしながら、再びクシャミをした。  摂氏二十七度の蒸し暑い新たな世界に、微細な生命が漂い始めた瞬間だった。
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