暴力

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暴力

 ……ええ、神父さん、ありがとうございます。このような場まで用意してくださって……ここでの告白は、例えそれが殺人の自白であっても神父さんの胸のうちにしまってくださるのですよね。……いえ、まさか。人を殺すなんて。ただ法には違反しています。それでも秘密にしていただけるのですね。……ありがとうございます。  実は懺悔とは少し違います。どちらかというと報告に近くなるのでしょうか。  私は九州の某所……まあ都会とだけ言っておきましょう……で育ちました。家族は父と母、それに十歳も年が離れた姉が一人だけいます。  私がいうのも何ですが、父は酷い男でした。賭博の類はもちろん、酒も煙草も尋常ではなく、挙句の果てには堂々と女遊びを始める始末です。インターネットでよく見かける九州の男への偏見を煮詰めたような人でしたよ。姉はもちろんのこと、私もよく殴られました。……いえ、私のほうが酷かったかもしれませんね。女性には一線を敷いて、恥辱を与えるような暴力をふるわない人でしたから。  母はいつも疲れていました。……少しでも生活費を稼ぐためにパートに明け暮れ、父からの助力を全く期待できない状況でも家事や学校行事関連の仕事をこなしていました。これもまたテンプレートのようですね。インターネットの連中なら大逆転の天誅を期待する家族構成だと思いませんか……。  父の天下はそう長くは続きませんでした。……ええ、そうです。身体を壊してしまったんですよ。あんな生活をしていたから当然ですよね。肝硬変からの食道静脈瘤。一時は命を危ぶまれる状況でしたが、なんとか一命を取りとめ、治療の甲斐あってどうにか日常生活を送れる程度には快復しました。……もしかしたら、そのまま他界したほうが幸せだったのかもしれませんね。  父は病気をしたことがないのが自慢だったのですが、すっかり痩せ細ってしまいました。一回り小さくなったみたいで驚いたことを覚えています。それでも、しばらくは暴君として君臨し続けました。物理的な暴力を振るうことはなくなりましたが、声だけでも充分威圧的でしたから。  発覚はほんの些細な出来事。父が母から受け取ろうとしたお茶を誤って落としてしまったときのことです。テーブルにこぼれた瞬間、母は痙攣するように身構えました。良くても罵声の声、悪ければ拳骨が飛んでくる場面ですから。原因が父であっても理不尽に言いくるめて暴力を振るう人でしたからね。本当、最低の人間ですよね。ハハハ。  しかし何も起こりませんでした。恐る恐る顔を上げた私たちの眼に映ったのは眼を泳がせ小さく震える父でした。しゃくりあげのような痙攣を何度か繰り返し、口を無意味に開閉させ、ようやく父は言いました。 「ご、ごめん。……大丈夫か」  その瞬間、全てが変わりました。父はもはや強者でないと知られてしまったのです。  まず、食事が用意されなくなりました。 「これからは自分で食べるものを作りな」  生まれて初めて聴いた母の強い口調の命令に、父は顔を真っ赤に染めわななき震えながら、けれど少しの口ごたえもしませんでした。いい大人なのですから、食事くらい自分で用意できて当たり前……ともいえますね。ハハハ。  よく三人で外出するようになりました。父が健在な頃だったら絶対に行けなかった高級で洒落れた店やパフェが美味しい店にも行きました。  家で父が悪戦苦闘しながら即席ラーメンを作っている間に……なにせお湯を沸かしたことすらなかったのですから……私たちは美味しいスイーツに舌鼓を打っていました。いままでみたことがないほどの満面の笑みで生クリーム口の周りにいっぱい付けパフェを頬張る姉を柔らかい笑顔で見つめている母。他人が見れば幸せの典型と思ったでしょう。  その時、不意に思ったことを口にしてしまいました。 「父さん、どうしてるかな」  空気が変わりました。……別に他意があったわけではないのです。ただなんとなく気になっただけで……少なくともそのときはそうでした。  母は私から目を逸らしました。どこか逃げ道を探しているように、私には見えました。視線をうろうろさせ、やがてペットの話題で盛り上がっている、ちょうど母と同じ世代の集団にいきあたりました。連中のペットに関する会話に耳を澄ませ、得心がいったのか眼を見開き、そして私に向かってこういったのです。 「私たちもキチンと躾けなくちゃね。一人でもちゃんと餌が食べられるように」  あのときの母の顔は今でも忘れられません。口角が両端ともつりあがって、眼をまるで糸のように細くして嘲笑うような……けれど、とても幸福そうな笑顔でした。  父への攻撃は徐々にエスカレートしました。日常生活における協力の拒否、介護等の拒否、意図的な無視、嫌味や皮肉、そして暴力。姉も母もことあるたびに父を殴り、小突き、罵声を浴びせました。まあ、父がやってきたことに比べればささやかなものです。優しい暴力だったと表現しても過言にはならないでしょうね。それでも父には堪えたようです。……一年前に亡くなりました。母と姉の暴行が直接の原因でなかったのは間違いありません。しかし精神的打撃が死期を早めたのも確かでしょうがね。  信じられませんか? 母とは面識がありましたよね。細身で儚げで、とても嫌味を口にして物理的な暴力を振るうようにはみえませんよね。付き合いのある近所の人間に尋ねてみても皆が口を揃えて言うでしょう。そんな人じゃない、そんな風には見えない、絶対に何かの間違いだ、とね。けれど、本当のことです。なんなら連れてきて証言させましょうか? ……ハハハ。  そのとき、考えたのです。暴力の本質というものを。  政治的信条、肌の色、肉体的性別、精神的性別、性的嗜好、人種、出身地、教育の程度、趣味嗜好……挙げていけばキリがないですね。おおよそ、暴力はこういった社会的な要素と絡めて語られます。まあ、肉体的性別に関しては、おおよそ戦争は男性の仕事でしたから仕方ないのかもしれませんね。  ですが、暴力ってそんな単純なことじゃないと思うんですよ。もっともっと普遍的な人類の性質なのです。人は男だから、日本人だから、同性愛者だから、女だから、外国人だから、異性愛者だから、暴力を振るんじゃない。人は……ヒトは自分よりも弱い人間がいれば暴力を振るうんです。理由は後付けにすぎません。どんな人間にも暴力の衝動が存在する。弱者をいたぶることはある種の快楽なんですよ。神父さんのような宗教者なら原罪とでもいうのですかね。  父の暴力……父の没落と母と姉の暴力……そして父の死……もうひとつの暴力。その変遷を見てきた私の結論です。……もっとも、こんな個人のケース一つで、暴力の本質なんてたいそうなことを考えること自体が間違いなのかもしれませんね。私の体験一つで人類が長く付き合ってきた概念を説明するなんて思い上がりも甚だしい。それに今回のことはただの平凡な復讐劇にすぎないともいえます……。  神父さんは暴力根絶を掲げた、とても素晴らしい人権運動を熱心におこなっている方ですから、私の考える暴力の本質をお伝えしたかったんです。  ただそれだけです。  それではこのくらいで失礼します。そろそろ帰らないと。早く帰って、姉と母を躾けなくちゃいけないですから。叩かないとなかなか言うことを聞かなくて困ります。痣が目立たないように殴るのにはコツが要るんですよ。え? ……なぜ? とても簡単なことです。  神父さんだって本当は分かっているのでしょう?
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